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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第七十七話

 全部隊がそれぞれミットフェリンの待機場所に辿り着いたのは、それから更に、数日後。ちなみに一番俺が心配だった兵站経路は、フツカセ生息の青竜達が担ってくれて、問題なくなった。


 空からの強襲もしてくれるが、何分数にそう余裕がないとの事で、数を減らさない様な攻撃に留まるという。補給が途絶えるのは困るので、それで良いと俺も思う。


 北の城塞攻めは水の宮に。東の城塞攻めは水景殿に。南と、中央侵攻部隊はここ――神殿跡に。


「――久し振りね」

「そうだな」


 中央侵攻部隊に入っているフィレナと再会して、そう挨拶を交わす。最後に直接会ったのがマトルトークの庭で泣いてた時だったから、かれこれ一月近く会ってなかった事になるな。


「大丈夫、か?」

「今更何言ってるの? 大丈夫よ」


 ふん、という様子で胸を張って髪を掻き上げ背に流す。きっと本当の意味で大丈夫ではないんだろうけど、大丈夫だという事にしておかないと、動けないんだろう。


「……でも、ありがと」

「ああ」


 続けられたお礼の言葉は、今更俺相手に気を張っても仕方ないからだろう。だから多分、素直な本当の気持ちだ。


「――今更だけど、泣いて色々考えたわ。逃げた時は何も考えてなかったし、今までも、そう。レトラスに向かうって話になった時もそうだった。あんたから、兄様に会ったって話、聞いて。準備が始まって、あ、本当に行くんだって思って……やっと、考えた」

「……大丈夫か?」


 馬鹿みたいだ、と自分でも思う。思うけど、なんて言えばいいか判らなくて、結局そんな言葉しか出て来ない。

 その俺にフィレナはくす、と笑って手を後ろで組んだ。吹っ切れない悲しさを宿した目で、それでも穏やかに。


「私、家族を取り戻したかった。その為にレトラスに戻るんだって信じてた。でも、私は王女で、王女になりたいって私も思って、マトルトークの皆は、受け入れてくれた」

「お前が本気だったからだ」


 自分達の国の王だと、皆が望んで歓声を上げた。


「そうしたら、ね。駄目なんだって、やっと判ったわ。私はもう誰も、取り戻せないんだって」

「……フィレナ」

「だって許されないもの。許されない事をしたんだもの。王女である私が、それを許してはいけないの」


 誰もが頭では、理屈ではそういうだろう。それは正しい事だからだ。

 けど正しい事を割りきって選べるなら、きっと世界はこんなに魔に侵されてない。

 正しくないかもしれないが、人としては――フィレナの想いが、きっと正しい。


「……止めるために、行くの。兄様と姉様を助けに、行くの。もう取り戻せないけど、きっと皆、そうして欲しいと言うと思うわ」

「……そう、思うよ」

「うん」


 他に何も言えずに頷いた俺に、フィレナも短く頷き返す。


「フィレナ王女。そろそろ参るぞ」

「判った、行くわ」


 タタラギリムに呼ばれ、しゃんと背筋を伸ばしてフィレナは答える。


「じゃあね」

「――っ、あっ」

「っ!?」


 くる、と背を向けレトラスへの地下階段へと向かったフィレナの手を、思わず取ってしまった。自分でも咄嗟で、何でしてしまったか判らないが、されたフィレナはもっとそうだ。


「なっ、なっ、何っ!?」


 かーっ、と顔を赤くして、慌てて俺の手を振り払う。


「ごめん。――その」

「だっ、だから、何よっ!!」


 少し怒っている、んだろうか。そうだな、いきなりだったもんな。

 『何となく』とはとても言えない。俺も慌てて言葉を探して――見付けた。


「帰って来てくれ」


 ちゃんと、ここに。


 沢山のものを失って、多分とても辛いだろうし意味もほとんど無くなるんだろうけど、それでも俺は、フィレナに帰って来て欲しい。


「……あんた、卑怯だわ」

「え」

「何でもない! 当然でしょ? 私は言った事は守るわよ! フィレナ・レク・レトラスの名に懸けてね!」


 その言葉を聞いて、何だか凄く、安心した。


「ああ、そうだったな」


 その『名』に懸けて言う事を、その表情で言えるならきっと大丈夫だ。大丈夫だと、俺も信じられる。


「行って来い。気を付けて」

「行って来ます。――待ってなさい。この戦いが終わったら、レトラスの築いた繁栄を見せてあげるから!」

「そうだな、楽しみにしてる。落ち着いたら、皓の森にも招待するよ」


 ウルクも大丈夫だったし、そろそろ皆も耐性付いてきたっぽいし、人間のフィレナなら大丈夫だろう。


「楽しみにしてる」


 これには本当に嬉しそうに笑ってくれて、フィレナは入口辺りで待っていたタタラギリムと合流して、地下へと消えて行った。


「俺は一つ判った事がある……」

「うわっ!?」


 いつの間に移動してきていたのか、結構近い位置で、後ろからアリストの声がして振り返ると、ちょっと人の悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。


「皓皇様は『人たらし』ですね。通りで奏皇様が心ぱっ、あづっ!」


 ごっ、と一抱えもある硬そうな殻の付いた木の実が後頭部を直撃し、その場でアリストは頭を抱えて蹲る。


「下らねェ事を次言ったら殺す、って言っといたよなァ」

「次っていつでしたっけ……やっ、冗談! 冗談です!」

「詰まらねェ冗談は万死に値する」

「すいません次は面白い事言うんで勘弁して下さい」


 定番なのか、このやり取り。


「下らねェ事やってねえで、ちゃんと状況見てろ」

「はい、陛下」


 ややふざけた様子でネクスに敬礼を返したが、目は真剣だった。それが一瞬で見てとって判るのか、ネクスも態度については何も言わない。


 広いとは言っても、所詮地下の隠し通路の広さ。そこを大部隊で移動するのだから、自然歩みは地上よりも遅くなる。


 その為、やや離れた拠点である水景殿から東の部隊と出発が同時なのだ。

 勿論もっと手前に本当の意味での城攻めの拠点は簡易建設されるが、撤退時はここまで戻って来て一安心、という事になっている。


 北と南は若干距離が近いので、東の行軍と相手の出方を見ながら動く事になる。


「長くても三、四日後にゃ俺達も出発だ。まだ気負う必要はねえが、気ィ抜き過ぎんなよ」

「……生憎、こういう時に気を抜ける程慣れてない」

「それはそれで問題だな。さっさと慣れろ」


 判ってはいるんだけど、な。


(――後、本当にもう少しなんだな……)


 後はもう、ただ事態が動くだけだ。

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