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女神の誓剣  作者: 長月遥
第一章  皓皇再生
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第四話

 形状はライラと同様の西洋長剣。

 中、遠距離レンジの間合いを取る程度の余裕はあったが、あえてその場に留まり身構えた。確実に仕留めるには接近戦である必要がある。


 俺の態度にジ・ヴラデスの表情が歪むが、退かない。腕に魔炎を纏わせ、爪の形状を具現化し、維持しながら突っ込んで来る。

 俺には彼女の魔力保有量が視えるが、彼女の視る俺のエレメント保有量は参考程度にしかならない。

 三人で行う同調魔法(ユニゾンレイド)の振り幅なんか、分かる訳ない。


 ただの同調魔法であってもそうなのだ。

 従具精霊とは、女神が魔と戦うために俺達に与えた最大最強の力。悪意の依形でしかない魔人程度が、敵う道理はそもそもない!


 俺はハッタリもよく使うので、余裕が本物かどうか分からないから賭けに出てみた、というところだろう。

 通常のエレメントだけでは今ジ・ヴラデスには届かないのは確かなので、間違ってはない。


(だが悪いな、今日は本当だ)


 エレメントの薄さは致命的だが、俺を再生する為に使われた女神の力がまだ残っている。

 いずれは俺の中に溶け込んで消えていくものだっただろうから――タイミングが悪かったのはそっちの方だ。


 今の世界の状態で、このエレメントは使える程には存在していない。次に遭遇した時には、俺でも倒せるか分からない。

 だから、魔王の一匹、ここで確実に仕留めておく!


 魔道に堕ちたお前等には特効の、女神が司る世界原初のエレメント――神属性。

 光と神のエレメントを融合させ、形にする。今のリシュアとライラでは扱えるのは下位スキルだけだが、まともに全弾食らわせれば、充分だ。


輝聖光(エル・セイントレイ)


 夜の闇に映える白光の粒がジ・ヴラデスの周りで煌めき、点と点とを結ぶ光線が、幾何学模様を描き上げる。

 その内側にいるジ・ヴラデスを、今度は本当に貫きながら。


「が……ッ!」


 体中に穴を空けても、重度の魔人は死なない。その程度では魔王とは呼ばれない。

 首を落として、心臓を潰して、消失させなくては。

 膝をついたジ・ヴラデスの首へ向けて、俺はリシュアを振り下ろし――


「――!?」


(何、してんだ!?)


 自分のしている事、しようとしている事にぞっとして、一気に正気に返ったように、腕が止まる。


(……今、何を)


 首を落とすって。心臓を潰すって、何だ、それ。


【陛下……?】

【どうなさいました? どうぞ、止めを】


 ライラとリシュアさんからは、当然のように殺す事を促される。


「……何? 情けかけてくれんの?」


 自分の頭上で止まった剣を見上げ、吐血のせいで汚れた口元を笑みの形に歪めて、ジ・ヴラデスは言う。本気にはしていない声で。


「……殺らねえならァ……。逃げるよ?」

「――……行け」


 殺すとか、出来る訳ねえだろ。

 命令の形であえて促したのは、俺が殺さないのではなく、殺せないのだと、気付かれないうちにさっさと消えて欲しかったからだ。


「……皓皇。お前、変わった?」

「さぁ。自覚はないが」

「そうか、なら……。やっぱ、変わったなァ……。お前は甘ァい奴だけど、魔人に情けかける様な馬鹿さは、とっくの昔になくしてた」


 情けじゃないけどな、これは。


「……戻った、っていうのかね、むしろ。でも今のお前のが……私は、好きだねェ……」


 ふ、と息をつき、よろけながら立ち上がると、ジ・ヴラデスはとんとん、と足の爪先で地面を叩く。

 一体どういう原理なのか、地面の影がぶるりと震え、そこから一頭のドラゴンが姿を現した。色はやはり黒た。


「でもお前ェ……それじゃいつか、またくたばるよォ……。そうなる前に、今度はちゃんと私が飼ってやる。首洗って待ってな」


 身軽に、とは言えないが、それでももう結構しっかりとした足取りで、ジ・ヴラデスはドラゴンの背に跨った。


【陛下……】

【今なら、まだ……】


 重傷の魔王をただ見送るのは悔しいのか、二人からは諦めきれない声が上がるが、首を振った。俺には無理だ。


 ばさりっ、と大きく羽ばたいて、ジ・ヴラデスを乗せたドラゴンは飛び去っていく。

 後に残されたのは死骸と、少し焼け焦げた跡のある地面と、俺達と、元通りの静寂。


「……皓皇様。なぜですか」

「何か……お考え、が……?」


 考えも何もない。ただ、生き物を殺すなんて事ができなかっただけだ。

 人型に戻った二人が、真っ直ぐ見つめて来るその瞳に、正直に言うべきかどうか――迷って、俺は卑怯な逃げ方をする事にした。


「俺が信用できないか」

「いえ! そのような事はございません!」

「陛下が……信じよ、と、仰ってくださるなら……、信じます」


 予想していたが、予想以上の勢いでそう否定してくれた。二人ともがちょっと嬉しそうなのはなぜだ。


「戻ろう。しばらくは来ないだろ」


 完治するまではさすがに時間がかかるだろうし、あれだけやられれば警戒して、今度は準備して来るだろう。それだけの時間は稼げる。


 ……時間を稼げるからなんだ、って言われると痛いところだが。今度はもう神のエレメントは使えないから、六属性エレメントで何とかしないといけないんだし。


(……何だろう、な)


 認めよう。これは多分、夢じゃない。

 夢だという事にして逃げててもいいが、夢じゃない事を突き付けられた時――取り返しのつかない選択を選んでいた時に、後悔じゃ利かない。


(さっきみたいにな……)


 夢だったら、殺して良かったかもしれない。

 相手は魔人で、俺を殺しに来て(捕らえに来て、か?)、俺は精霊王で、魔人とは敵対しているんだから。


(けど――『殺す』ってのは……そんな簡単なもんじゃねえ……)


 正直に言う。怖い。その咎を背負うのが。

 『俺』はきっと、迷って来なかったんだろう。当然のように動いた体も、頭も、殺すのを全くためらわなかった。


 けど俺は違う。できない、と思った。やりたくない、と。

 俺は『俺』でもある。多分、そうだと思う。


(けど、分からねェ……)


 なぜ女神は俺を、この俺で再生した?

 この世界で生まれて生きた皓皇であれば、今この瞬間、もう魔王とまで呼ばれる程の魔人の一人であるジ・ヴラデスを殺し、一歩神のエレメント再生に近付いた事だろう。


(女神の力が足りなかったのか……)


 それとも俺である事に、意味があるのか。

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