第四話
形状はライラと同様の西洋長剣。
中、遠距離レンジの間合いを取る程度の余裕はあったが、あえてその場に留まり身構えた。確実に仕留めるには接近戦である必要がある。
俺の態度にジ・ヴラデスの表情が歪むが、退かない。腕に魔炎を纏わせ、爪の形状を具現化し、維持しながら突っ込んで来る。
俺には彼女の魔力保有量が視えるが、彼女の視る俺のエレメント保有量は参考程度にしかならない。
三人で行う同調魔法の振り幅なんか、分かる訳ない。
ただの同調魔法であってもそうなのだ。
従具精霊とは、女神が魔と戦うために俺達に与えた最大最強の力。悪意の依形でしかない魔人程度が、敵う道理はそもそもない!
俺はハッタリもよく使うので、余裕が本物かどうか分からないから賭けに出てみた、というところだろう。
通常のエレメントだけでは今ジ・ヴラデスには届かないのは確かなので、間違ってはない。
(だが悪いな、今日は本当だ)
エレメントの薄さは致命的だが、俺を再生する為に使われた女神の力がまだ残っている。
いずれは俺の中に溶け込んで消えていくものだっただろうから――タイミングが悪かったのはそっちの方だ。
今の世界の状態で、このエレメントは使える程には存在していない。次に遭遇した時には、俺でも倒せるか分からない。
だから、魔王の一匹、ここで確実に仕留めておく!
魔道に堕ちたお前等には特効の、女神が司る世界原初のエレメント――神属性。
光と神のエレメントを融合させ、形にする。今のリシュアとライラでは扱えるのは下位スキルだけだが、まともに全弾食らわせれば、充分だ。
「輝聖光」
夜の闇に映える白光の粒がジ・ヴラデスの周りで煌めき、点と点とを結ぶ光線が、幾何学模様を描き上げる。
その内側にいるジ・ヴラデスを、今度は本当に貫きながら。
「が……ッ!」
体中に穴を空けても、重度の魔人は死なない。その程度では魔王とは呼ばれない。
首を落として、心臓を潰して、消失させなくては。
膝をついたジ・ヴラデスの首へ向けて、俺はリシュアを振り下ろし――
「――!?」
(何、してんだ!?)
自分のしている事、しようとしている事にぞっとして、一気に正気に返ったように、腕が止まる。
(……今、何を)
首を落とすって。心臓を潰すって、何だ、それ。
【陛下……?】
【どうなさいました? どうぞ、止めを】
ライラとリシュアさんからは、当然のように殺す事を促される。
「……何? 情けかけてくれんの?」
自分の頭上で止まった剣を見上げ、吐血のせいで汚れた口元を笑みの形に歪めて、ジ・ヴラデスは言う。本気にはしていない声で。
「……殺らねえならァ……。逃げるよ?」
「――……行け」
殺すとか、出来る訳ねえだろ。
命令の形であえて促したのは、俺が殺さないのではなく、殺せないのだと、気付かれないうちにさっさと消えて欲しかったからだ。
「……皓皇。お前、変わった?」
「さぁ。自覚はないが」
「そうか、なら……。やっぱ、変わったなァ……。お前は甘ァい奴だけど、魔人に情けかける様な馬鹿さは、とっくの昔になくしてた」
情けじゃないけどな、これは。
「……戻った、っていうのかね、むしろ。でも今のお前のが……私は、好きだねェ……」
ふ、と息をつき、よろけながら立ち上がると、ジ・ヴラデスはとんとん、と足の爪先で地面を叩く。
一体どういう原理なのか、地面の影がぶるりと震え、そこから一頭のドラゴンが姿を現した。色はやはり黒た。
「でもお前ェ……それじゃいつか、またくたばるよォ……。そうなる前に、今度はちゃんと私が飼ってやる。首洗って待ってな」
身軽に、とは言えないが、それでももう結構しっかりとした足取りで、ジ・ヴラデスはドラゴンの背に跨った。
【陛下……】
【今なら、まだ……】
重傷の魔王をただ見送るのは悔しいのか、二人からは諦めきれない声が上がるが、首を振った。俺には無理だ。
ばさりっ、と大きく羽ばたいて、ジ・ヴラデスを乗せたドラゴンは飛び去っていく。
後に残されたのは死骸と、少し焼け焦げた跡のある地面と、俺達と、元通りの静寂。
「……皓皇様。なぜですか」
「何か……お考え、が……?」
考えも何もない。ただ、生き物を殺すなんて事ができなかっただけだ。
人型に戻った二人が、真っ直ぐ見つめて来るその瞳に、正直に言うべきかどうか――迷って、俺は卑怯な逃げ方をする事にした。
「俺が信用できないか」
「いえ! そのような事はございません!」
「陛下が……信じよ、と、仰ってくださるなら……、信じます」
予想していたが、予想以上の勢いでそう否定してくれた。二人ともがちょっと嬉しそうなのはなぜだ。
「戻ろう。しばらくは来ないだろ」
完治するまではさすがに時間がかかるだろうし、あれだけやられれば警戒して、今度は準備して来るだろう。それだけの時間は稼げる。
……時間を稼げるからなんだ、って言われると痛いところだが。今度はもう神のエレメントは使えないから、六属性エレメントで何とかしないといけないんだし。
(……何だろう、な)
認めよう。これは多分、夢じゃない。
夢だという事にして逃げててもいいが、夢じゃない事を突き付けられた時――取り返しのつかない選択を選んでいた時に、後悔じゃ利かない。
(さっきみたいにな……)
夢だったら、殺して良かったかもしれない。
相手は魔人で、俺を殺しに来て(捕らえに来て、か?)、俺は精霊王で、魔人とは敵対しているんだから。
(けど――『殺す』ってのは……そんな簡単なもんじゃねえ……)
正直に言う。怖い。その咎を背負うのが。
『俺』はきっと、迷って来なかったんだろう。当然のように動いた体も、頭も、殺すのを全くためらわなかった。
けど俺は違う。できない、と思った。やりたくない、と。
俺は『俺』でもある。多分、そうだと思う。
(けど、分からねェ……)
なぜ女神は俺を、この俺で再生した?
この世界で生まれて生きた皓皇であれば、今この瞬間、もう魔王とまで呼ばれる程の魔人の一人であるジ・ヴラデスを殺し、一歩神のエレメント再生に近付いた事だろう。
(女神の力が足りなかったのか……)
それとも俺である事に、意味があるのか。