第七十五話
「……おう」
「テメー、本っ当どこ行ってもちょろちょろしやがんな。生まれたてのガキか」
ネクスからすれば、齢十七の俺なんて、そりゃ生まれたてのガキだろうさ。
「ちょっと気になったもんで」
「……まァ、確かにこれはな」
神殿を見上げて、これにはネクスも頷いた。ミットフェリンに光のエレメントで作った神殿があるのは、やっぱり誰が見てもおかしい事なのだ。
「別に悪い訳じゃねえが、何でわざわざミットフェリンに作ったんだ?」
「俺が知りたいよ」
――と、そうネクスには答えたものの、何となくその答えは判っていた。
隠されているのは多分同系統の物で、自分の領界以外にも作ったのは、一緒にしておきたくなかった、触れたくなかった、見付かりたくなかったから――という所だろう。
「……記憶がねえってのも、そろそろ不便なもんだな。何か思い出さねェのか」
「生憎、何も」
視た映像は記憶かもしれないが、思い出した訳じゃない。何の、いつの事だかも判らないし、誰もいなかった以上、皓皇以外、知る者のない記憶だ。話したって仕方ない。
「……なあ、ネクス」
「何だ」
「お前、俺が本当に皓皇だと思うか?」
「はァ? 何言ってんだ」
馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげにネクスは顔をしかめた。
「容姿がじゃなくて、その、魂というか性格とか」
「魂って、お前はお前だろうが」
「けど、精霊王が自分の名前の意味を識らないとか有り得ると思うか? だってそれは、精霊王たる中核みたいなもんだろう」
「……」
俺の訴えに、当然の事を聞かれた面倒くさそうな表情から、ネクスは探るように俺を伺って、ややあってから答えてくれた。
「お前、テメーが違うとでも思ってんのか」
「思わなくもないだろ、普通……」
「知らねェよ。俺ァ自分が誰かなんて迷った事ねえからな。だが」
「……?」
「俺はお前が違うと思った事は、再会してから一度たりともねェ」
きっぱりと、俺の目を見てネクスは断言した。その自信を俺に与えようとでもするように。
「違ったら、どうする?」
「違わねェよ」
「判らないだろ」
俺だって、判らないのに。
「要はアレだろ? クリスタルを喚べねえから気ィ引けてるってだけだろう」
「それもある」
俺が皓皇でなければ、役割がずっと果たせない。それで致命的に足を引っ張る事になるのが、とても怖い。光の精霊族の皆も、騙している事になるんだろう。騙して命を掛けさせるなんて、そんな事――どうすればいいのか。
「テメェ、馬鹿だろ」
「……馬……っ」
馬鹿、ですか。
ここでいきなり言われるとは思わなかった。馬鹿な事を言ってるつもり、全然ないんだが。
「戦力になるならねェがそんな重要だとでも思ってんのか? 戦力だから使うが、別に力なんざないならないで構わねーよ。別の手ェ考えりゃいいだけだろ。会った時にも言ったが、俺がテメェに望んでんのはテメェ自身がここに戻って来たって事だけだ」
「……別人かもしれないぞ」
「だったら、俺の目が節穴ってだけだ。間違っててハルトが怒るようなら後で謝るなり何なりしてやるよ。だが、俺はお前が皓皇でいい。今ここにいるお前が、皓皇だ」
「……っ」
迷わないんだな。値が言うかもしれないっていう、俺の言葉を信じていないだけかもしれないけど。
でも代わりに、『俺』の事は信じてくれるんだな。
「急かすような事言って悪かった。思い出さないのも何か意味があるのかも知れねェし、あんま深く考えんな」
「……クリスタルを喚べなくするような意味が?」
「もしくは、使えなくなってでも思い出すのをテメェが拒否してるって事だ」
(拒否……っ?)
その単語は、大きく俺の心臓を揺さぶった。脈の音が聞こえる程に、動揺に早鐘を打つ。
あれは――、あの、赤い映像が、誰を。
『簒奪者……っ!』
(――……っ!)
耳鳴りが、する。頭の奥から敵意が残って、溢れてくる。
俺を責める悲痛な声。怨嗟と慟哭。死に瀕した、焦点の合わない瞳が、それでもずっと俺を見ていた。
『お前に資格がある訳じゃない……! 何故、奪う……っ。奪った所で、お前には、使えない。それでも、奪うのかっ。世界に失わせても、お前が、奪うのか……っ!』
「うぐっ……!」
「ハルト!?」
「皓皇様!!」
吐き気が込み上げて来て、その場に膝を付いて俺はえずきを上げた。
「違っ、う……っ」
苦しい。気持ち悪い。そして――胸に満ちる、罪悪感。どこから来るのか判らない。けれど間違いなく、心を満たすその感情。
「俺は……っ、俺は――……っ!」
(俺がしたかったのは、そんな事じゃなくて――)
そんな事じゃなくて、何だ。何なんだ。
判らない。頭が痛い。
(嫌だ……っ!!)
触れたくない――!!
「うぐ……っ」
凄く近くで呻き声が聞こえた気したが、それも良く判らない。目の前も、何も――……。




