第七十四話
レダ森林から徒歩でおよそ半月。俺達はようやくフィレナの言っていた南の神殿に辿り着いた。
やはり開発済みの大陸。こんな辺境であっても街道沿いに休憩所が半日ぐらい毎にある。
残念ながら俺達が使う訳にはいかないが、ちゃんと人がいて機能しているようなのがやっぱり意外だった。
途中、七日目に準備が整って各方面から軍隊が発った事を伝えに来た風の擬似精霊を通じて、予定と違うルートを通ってるのがネクスにバレて怒られた。
ははは、もうやった後だから怒鳴られても何も変わらないけどな。
……実際に会うのが今から少し怖かったりするが、考えない事にする。
まあ、その事はともかく――
目の前のこの神殿は、何なんだろうな?
「同じ、ですね」
入口の前に立ったリシュアから、そう感想が呟かれた。俺も同感だ。
フィレナが指定したその神殿は、様相こそ若干違うものの、カプレスのスラム街にあった神殿と同じもの――光のエレメントで作られた、おそらく皓皇が作ったんだと思われる神殿だった。
しかしこれは、おかしいだろう。
カプレスはアイルシェル領で皓皇の領界内だから、何かを封印してたんだとしても納得は出来る。疑問は色々残ってるが。
(だがここは、他の精霊王の領界だぞ?)
碧皇は知っているんだろうか。
知ってるなら、いい。問題ない。
けどもし知らなかったら、皓皇は一体、他の精霊王の領界に自分だけで神殿作って、何をしようとしてたんだ?
碧皇不在の今、確かめる術はない。今俺が調べられる事と言えば、目の前にそびえるこの神殿の方だろう。
「入ってみよう」
「……そうですね」
これもまた、微妙にネクスに怒られそうではあるが、少し躊躇った後にリシュアは頷いた。これがどう考えても皓皇のものだからだろう。
朽ちかけ度合いがやはりアイルシェルの比ではなく、こちらは雨宿りの役割も場所によっては果たせなさそうな勢いだ。廃墟以外の何物でもないが、何とか建物の形は残っている。
崩れて外の見える壁やでこぼこの通路を進みながら、慎重に辺りを調べて行く。
(きっと、あるはずだ)
なければそれでいい。でもきっとあるはずだ。
カプレスの神殿と同じように、隠し扉が。
「……っ」
そしてそれは、割とすぐに見付かった。エレメントが散って壊れてしまったせいで、もう隠し扉の用を成しておらず、ぽっかりと地下への階段が開いていたからだ。
フィレナの言っていた、レトラスへ通じる道ではない。そちらは人工的に加工された隠し階段を見付けたから、レトラスへと通じるのはそっちだろう。
「行かれますか?」
「ああ」
そうと判った途端、ぞわりとした悪寒が背に走る。
何度か経験のある、見たくない、という体の訴える恐怖。
でも見なきゃならない。そうも思う。
ごく、と乾いた喉を鳴らして唾を嚥下して、階段を下りて行く。
(やっぱり、同じだ)
近付く程に判る――女神のエレメント。今のミットフェリンでは自然には存在するはずのないその力。
やはり魔気の濃さが影響してるんだろう。カプレスの時よりも感じる力は弱くなっているが、確かにある。
そして降り立った先にあったのは、ここも同じ。カプレスの神殿と変わらない作りの小部屋と、白い台座。
「同じ、ですね」
「ああ」
リシュアの言った通り、全く同じだ。
台座の上には小箱のような跡が残っていて、しかしあったはずの物は、ここにもなかった。
(一体、何が置いてあるっていうんだ)
何気なく、意味もなくそうと台座に手を乗せる――瞬間。
「っ!?」
一瞬だけ鋭い痛みと共に脳裏を貫く、赤い映像。
(なっ……?)
あれは、何だ。
理解は出来ない。けど、一瞬だったが何が映ったのかは判ってしまった。
誰かの判別も出来なかったが、その『誰か』の体が引き裂かれる映像。その視点の見え方からして、やったのは――
(……俺……っ!?)
いや、違う。俺じゃな……くないのかもしれないのか。俺かもしれないし、違うかもしれないけど、とにかく『皓皇』だ。きっと。
確かに衝撃的な映像だったが、皓皇は戦っていたんだから、驚くような事じゃない。事実として、そういう事だって幾度となくあったんだろう。
(けど、従具精霊、誰もいなかったな)
運悪く無防備な状態で『誰か』に見付かって、なし崩しだったのだろうか。それとも――隠れて戦った、隠して戦わなければならない相手だったのだろうか。
(魔王と? 何でだよ?)
……それとも、魔王では、ないのだろうか。
(何、やったんだ。一体……)
さっきから心臓が煩い。息が上がる。
ここは嫌だ。触れたくない……!
「皓皇様……?」
「っ!!」
「どうされました? ご気分が優れないのでしたら、少し休みましょう。幸い、この神殿は光のエレメントと女神のエレメントで満たされておりますし……」
「いや、上に戻ろう」
ここには居たくない。この部屋で休める気は更々しなかったので、言うが早いか俺は二人の返事も待たずに階段を上って行く。
「あっ、へ、陛下!?」
「お、お待ち下さい、皓皇様!」
少し慌てた様子で、リシュアとライラも付いて来る足音がした。
すまないとは思うが、離れたい気持ちの方が勝った。階段を一段上る毎に、徐々に感情も落ち着いて行く。
(後で、女神のエレメントは回収しよう)
どうせカプレスと同じく、あそこに守られるべき物はもう何も無い。落ち着いたら持って来よう。
やや早足で階段を抜け、見えて来た陽の光にほっと俺が息を付いた時。
「よォ、ハルト」
「っ!」
別に警戒する必要はない――ん、だが、微妙に色々意に逆らって動いていたせいで、気まずい。多分、予定より早い一人での到着は俺のせいだろう、隠し扉の出入り口で、ネクスが笑っていない笑みを浮かべて出迎えてくれた。




