第七十二話
「妾に、何ぞ頼みたい事があるのではないか?」
「……同盟以外に、お前に求められるようなものは」
「貴様の元にはレトラスの王女がおろう」
「っ!」
指摘され、正直言って驚いた。
驚いたけど、こっちの勢力の情報がタタラギリムに伝えられてるのは、当然だ。興味を持って調べなくても入ってくるだろう。知ってて当然だ。
「……彼女も判ってる」
「そうであろうな」
「……ああ」
「だからこそ、言えるのは貴様だけじゃぞ?」
「っ」
見透かされてる。
……そりゃ、そうか。俺がどう考えるかとか、一回言い合ってるタタラギリムなら判るのも自然だ。
「良いのかえ?」
「……嘆願は、出来ない。俺はお前の一族がディードリオンに虐殺されてるのを見てる。その上で、どの面下げて言えって言うんだ」
「貴様はほんに、可愛いのう」
つ、とタタラギリムの指が俯いた俺の顎を持ち上げ視線を捕え、二ィと笑う。
「そして、哀れよ。貴様は王たるには、全てに心を寄せ過ぎる。全てが納得できる落とし所などそうそうない。一つ一つを気に掛け、気に病むつもりか?」
「……」
「貴様を見ていると、どうにも甘くなる。貴様のために殺さずにおこうと、そう言ってやりたいと思うぐらいには。――しかし、言えぬ。妾は許せぬ。奴等は妹の仇ぞ」
「判ってる」
「だから、望み通り魔人共に過剰な攻撃はせぬ。投降も認めよう。だから、少しは笑え」
「……」
心配……心配してくれてるんだよな? これは。しかも俺の感覚からしての、普通に。
「今そのような有様では、貴様、持たぬぞ。貴様の心が壊れるのは惜しい」
「なぶり甲斐がないからか?」
「そうじゃ」
「それは嫌だな」
俺が苦笑すると、タタラギリムも笑んで見せた。晴れやかに、という訳にはいかなかったが、今俺が自分の心のままに表情に出せる中では、人に見せて一番マシだったと思う。
「気ィ遣ってくれてありがとう。けど大丈夫だ。請われる程俺は人に優しくない」
「さて、自分の事は存外自分では判らぬものよ」
そう、なんだろうか。だからネクスにも心配されんのかな。
「忠告は覚えとくよ。じゃ、水の宮の方にも挨拶して来るから、またな。次は多分、レトラス攻略ん時に南で会うか」
「うむ。ではな」
「ああ」
タタラギリムと別れ、そのまま水の宮の奥へと向かう。やっぱりこの広い宮には、今の水の精霊族の人数は寂し過ぎる。
「――あ! 皓皇様!」
「ルーティール。元気そうだな」
「はいー。元気です」
いつ見ても和ませてくれるほんわかとした笑顔で、ルーティールはそう答えた。
「皓皇様がいらっしゃったという事は、いよいよですね」
「ああ、近いな」
「どきどきします……っ」
言いながら、ルーティールは胸元に手を当てて見せた。微妙に緊張感がないのもそうだが、今ちょっと引っかかったぞ。
「どきどきって、ルーティールも戦場に出るのか?」
「あ、はいっ。本っ当少人数で申し訳ないんですけど、私達も十人程、お手伝いさせて頂きます。治癒や防御には、少しはお役に立てると思いますっ」
「そうか」
戦力は多くて悪い事はない。治癒役も大切な戦力だ。
「よろしく頼む。……ところで、水棲馬がいないみたいなんだが、帰したのか?」
「はい。ケガをしてる子も治ったので。宜しかったんですよね?」
「ああ」
とても今でもそうは思えないんだが、危ないらしいし、早めに水の宮から離してしまった方が良いんだろう。
「シャーリーンさんは?」
「あ……っ。すみません、今は……」
「そうか……」
言葉の先は濁されたが、それで十分だ。今日は体調が良くないんだろう。
「判った。無理をしないようにって伝えといてくれ」
「はい」
「ルーティールも」
「……はいっ。ありがとうございますっ。大丈夫です!」
嬉しそうに笑ってルーティールは敬礼を返す。いつも通りだが、大丈夫だろうかと不安になる。
まあ、彼女は今回癒し手だもんな。罪悪感は然程持たなくて済むか。
「あ……。すみません。不謹慎ですよね」
俺の微妙な間の意味が通じたらしく、ルーティールはちょっとばつが悪そうにそう言った。戦争である自覚はちゃんとあっての上でらしい。
「ただ――碧皇様のお力になるだろう何かが出来るのが、初めてだったんです。だから、つい……。すみませんでした」
「いや、俺こそすまない。当然だよな。――一緒にミットフェリンを取り戻そう」
「はいっ」
再び気合の入った全開の笑顔を見せるルーティールと別れ、俺は水の宮を後にする。シャーリーンさんに会えない以上、ここに留まる理由はもう無い。実際の所、彼女が指揮をしている訳ではないだろうし、後は水蛇族が上手く取りまとめてくれるだろう。
「では、ウルクともここでお別れですね」
「ああ、いや」
予定ではリシュアさんの言う通り、ここでウルクと別れて東側を回って南へと向かう事になっている。
なっている、のだが。
「……皓皇様?」
「時間の余裕はまだあるし、レダ森林に行ってみたいと思わないか?」
「……」
「……」
俺の提案に返ってきたのは、二人揃っての沈黙。そしてややあって、リシュアが深く溜め息をついて。
「まあ、仰るのではないかと思っていました」
「奏皇様、多分……また、怒り、ますけど」
「やった者勝ちだ」
……でも怖くない訳じゃあないんで。
「でも出来るがぎり秘密で行こう」
「その方が宜しいでしょう」
「急ぎ……ましょう。風の擬似精霊が来る、前に」
二人思納得が早くなった。慣れたのか諦めたのか、どっちだろうか。両方かな。
「という訳だ。お前のテリトリーまで一緒に行こうか」
言いながら首の側面を撫でると、茫洋押した瞳が見上げて来た。
『テリトリー?』
「レダ森林だ。お前、そこに住んでたんだろ?」
『……?』
極ゆっくりと、ウルクは考えているような瞬きをする。少し待ってもそれ以上の反応は何も無い。理解、してなくないか。これ。
「……お前、まさか自分の住処にも帰れない、のか……?」
『……?』
何か駄目っぽいな。
(水の宮から解放された奴等、無事に帰れたのかな……)
今更ながら、心配になった。本当に今更だから遅いけど。
途中で見掛けたら回収して行ってやろう。
「ま、一緒に行くから大丈夫だ。心配するな」
最新情報はとにかく、地形はそんなに変わる訳がない。今回はバウゴ候から地図貰って万端で来てるから、迷わず行けるぞ!
「良し、ウルク、行くぞ!」
『行く』
大分俺達に慣れたウルクは自分の行き先に疑問も持たずに頷いた。
……本当に危ない種族なのか? こいつ等。




