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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第七十一話

 クアトートは今も勿論魔人の町である。

 人の町の中では、アイルシェルからミットフェリンに渡るのに一番近い拠点に違いないのだが、ここを落とすとどうしたってレトラスに警戒される。


(そう考えると、俺がディードリオンに宣戦布告したのも、早まったよな……)


 早まったは早まったが、まあ、あの時は確たる計画があった訳じゃないし、事実こう早く動くとは流石に思ってもいないだろうし。


 ――そんな訳で、万全の準備をされないために、クアトートにはあえて触れない事に決まった。

 遮蔽物の一切ない平地の地形だから、どうやっても奇襲は無理。


 水の宮と繋がりができ、隠密行動にも長けた水蛇族に動いてもらえる事で、セイレーンと連携が取れるようになったため、大回りでなら船で安全に移動できるようになった。

 アイルシェルからは北側の港町であるキシュトから出港し、水の宮を経由し、東攻めグループは水景殿に逗留。北攻めはそのまま水の宮に。南はフツカセから、多分迂回して到着するんだろう。

 巡視船ぐらいならセイレーンが惑わせるとの事なので、侵攻の大部分は海からだ。


 そして先行した俺達はウルクに走ってもらって、今ミットフェリンの碧の湖にいる。


「少し離れてたから、故郷が懐かしいだろ」


 皓の森にも湖あるし、水に不自由はさせてなかったと思うが、ミットフェリンの豊かさには敵わない。心なしか鬣もピンと張っている気がする。


『懐かしい?』


 しかし本人はきょと、とした目で首を傾け俺を見上げて来た。

 ……おい。まさか自分の故郷、忘れてないよな?


「折良く、雨も降ってくれそうですね」

「ああ」


 天を見上げると、既に厚い雲が広がっていて、今にも雨が降りそうだった。丁度良かった。


 レトラス軍を撃退した時は惨憺たる有様だったが、今の碧の湖は俺が初めて見た時と同じく、澄んだ湖面を取り戻している。

 自分達の領域だし、流石に放置はしなかったようだ。


 湖の縁で待つ事しばしで、ぽつぽつと雨が降って来た。ミットフェリンで『降りそうだな』という空模様になったら、確実に降る。


 再びウルクに乗せてもらって、水の宮に入る。残念ながら、こちらも相も変わらぬ閑散ぶりだ。

 今の水の宮の責任者はシャーリーンさんだが、ここは先にタタラギリムに会いに行くべきなんだろうな。間違いなく、あらゆる意味で客人だから。


 先に一階大広間の方へ行ってみると、変わらずそこが水蛇達に提供されていた。ただ、偵察に出ているのだろう、少し数が少なくなっている。


「――おぉ、皓皇」

「久し振りだな」

「待ち侘びておったわ」


 どうやら俺がアイルシェルに帰っていた間に持ち込んだらしい、水景殿の巨大な蓮の花の上にだらりと姿勢を崩して座っていたタタラギリムが、俺に気が付き半身をしゃんと起こした。


「ふむ。それが貴様の、本来の力かえ?」

「今の所は、そうだ」


 値踏みする視線に正直に頷いておく。この状態で誤魔化し合うのは危ないだろう。


「まあ、なまじの精霊よりかは、幾分マシじゃな」

「俺はな。ネクス――奏皇はもっと強いけど」

「奏皇か。妾はあれは好かん。態度がでかくて鼻に付く」

「二人共だから妥協点が無いんだな」

「……貴様も大分、失礼よの?」

「だって自覚あるだろう」

「ふん」


 薄く笑ってタタラギリムは目を細める。タタラギリムは間違いなく趣味悪いし短気だが、触れ所を間違えなければ闇雲に怒り出したりはしない。


「さて、先にレトラスを攻めるという話は風の擬似精霊を通じて奏皇から聞いておるが、詳細は貴様と話せとの事じゃった。あの魔人の王国を、どう攻める」

「ディードリオンとエレネアを分断して、一人ずつ倒す。まあ、全部はその為のお膳立てだな」


 種族、個人によって大きく実力に差の出るこの世界では、地球の様に数の暴力は必ずしも絶対ではない。勿論脅威ではあるけど。


 だから、レトラスの人口による大軍は脅威ではあるが、必ずしも敵わない訳じゃない。ただしそこに強力な魔人が一人いると、一気に話が変わって来る。


「まずはどちらかに王宮の外に出て来てもらって、俺とネクスが相手をする。どちらかが出てきたらタタラギリムには王宮に入ってもう一人を相手にしてもらいたい」


 これは、王宮という狭い空間で魔気が蔓延している所に俺達が行くのは、外にいる時以上に不利なのと、風の精霊魔術に大味なのが多いのが理由だ。余波でレトラス軍の方も削ろうという、狙いはしないがなったらいいなという期待がある。


「何じゃ、貴様は別行動か。詰まらぬ。――良いのか? 妾を勝手にさせておいて」

「……余裕がない時は、仕方ない。死んでまで相手を気遣ってくれとは言えないし、俺も出来ない」

「判っておるわ。だからこそ、貴様と行動したかったのじゃがのう」

「悪趣味だ」

「貴様のその綺麗な面、歪ませてやりたくなるのよ。陽色の瞳が濡れる様を、聞き良い声が嘆く様を想像するだけで堪らぬわ」


 ちろりと赤い舌で薄い唇を舐め、タタラギリムは笑う。


「御免だ。俺にそんな趣味はない」

「当然であろう。元からその手の性癖を持つ輩では、詰まらぬわ。甘い性格と顔をしておるくせに、貴様は頑固だ。そこが良い」


 ……そういう気に入り方はしないでくれ。


「で、だ。中央を薄くするのに周りの城塞も攻める手はずになってるから、水蛇族も三分の一ぐらい、そっちに回してくれ。後はマトルトーク軍と一緒に、中央に」

「人間とか……」

「精霊族も少し入るけど、主力部隊は人間だ。大人気なく嫌だとか言うなよ」

「貴様は妾を馬鹿にしておるのか。そのような事、誰が言うか」


 そうか。精霊族は結構、普通に嫌がるからな。嫌だからって露骨に拒否する事はなくなったが、嫌がっている時点で問題である。


 光の精霊族は俺がこうだから、人間や魔人相手でも敵意を剥き出しにしたりはしないんだが、風の精霊族はネクスがああだから、どうかな。アリストの例なんかもあるし、結局は個人なんだろうけど。


「まあ、そんな感じで一族を分けておいてくれ……って言いたい所だが、今は随分出払ってるな。大丈夫か?」

「いつまでもここに世話になっている訳にはいかぬでな。水景殿の整備と、偵察に出しておる。相手方の戦力を知って悪い事はなかろう」

「そうだな。正確に判れば判るだけ助かる」

「今の所、城塞に詰めている兵は一つ頭五千と言った所か。町には一万程度の人がいる。そこからどの程度の人間が駆り出されるかは、魔人化しておる故、判らぬな」

「始めは警戒しなくていいと思うんだよな」


 レトラスは軍隊を作っている。そこに一般人を入れるのは隊を乱すだけだ。投入されるのは、レトラス軍が劣勢になった後だろう。


「大多数の質は、妾達が食ろうてやった精霊狩り部隊と似た様なものじゃな」

「そんなものなのか」


 これも少し意外だな。ミットフェリンの魔気の濃さや大将二人の事を考えれば、もっと重度の浸食を受けてる人が多くてもおかしくなさそうだが……。


「しかし首都は流石の魔窟よ。妾にとっては物の数でもないが、連れて行く者は選んだ方が良い」

「強力なのは一纏めか……」


 セオリーなんだろうけど、違和感あるよなあ。

 ディードリオンは打って出る方が好きなタイプだ、多分。拮抗してる状態で防戦を選ぶ性格には思えない。水景殿強襲の時も精鋭で一気に来たし。


 出足の遅くなる中央に、精鋭を固めるかな。でも外側を捨てるなら……いや、ない。人数はやっぱり必要だ。見捨てるとかない。大体、城塞の内側に入られたら生活の方でレトラスは大打撃だし。


 後は中央への侵入がバレてる線だが、こっちは外が上手く行かなければ実行しなければ済むだけだ。待ち構えて外を捨てるのは、対抗策としては愚策だ。


「難しい顔をしておるなぁ」

「心配事しかないからな」

「ま、やってみるまで判るまいて。戦力的には勝てぬ戦いではない」

「すっげえバラバラだけどな」


 今回は行動もバラバラだから、あんまり齟齬(そご)も出ないと思うけど。

 ……いや、だからこそバラバラにしたのかもな。組むのも、何とかなるだろうって所だけだし。


「時期が来たらまたネクスから風の擬似精霊(ジン)が来ると思うから、宜しく頼む」

「うむ、任せよ。特にあの魔神二人には借りがあるでな……」


 パキキ、と音を立ててタタラギリムの頬に鱗が薄く浮かび上がる。穏便に、は最早聞く訳がない関係だ。


(……フィレナ)


 覚悟はしてると思うけど、このままあいつをタタラギリムと行かせていいんだろうか。


(ディードリオンとエレネアを喪ったら、あいつはもう戦う理由がなくなるんだよな……)


 戦わなくなるだけなら、いい。


 宣誓を発した以上、戦う姿勢は取ってもらわなきゃ困るが、それだって絶対じゃない。フィレナが逃げても、レトラスという国が立場を守ればそれでいい。王女として国を守ってくれればそれもいいだろうし。


 けど――。戦わない理由どころか、下手したら生きる理由さえなくなるんだ。

 レトラスを守って行く事に、意味を見出していてくれればいいんだが……。


「どうした。何か気がかりでもあるのか?」

「っ」

「皓皇?」

「――……っ」


 殺さないでくれ、と言うべきかどうか、迷った。

 俺が言っても不自然ではないけど、けど、フィレナの兄だからって特別に止めたいって気持ちは、王として人に向けるのは間違ってないか?


 ディードリオンじゃなければ、フィレナの兄でなければ、俺はきっとこんなに抵抗は感じてない。それをするだけの理由がタタラギリムにはある。

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