第七十話
「リシュアさん!」
「っ!」
俺がやっとその姿を見付けたのは、探し始めてからゆうに二十分は経ってから。予想自体は当たっていて、リシュアさんがいたのは光の宮からそう離れてない位置にある(というか、あった。知らなかった。今度は森も踏破しなきゃいけないと思う)、巨木を中心に広がった湖の、その中央の巨木が聳える小さな島の上にいた。
巨木に手を付いて俯いていたリシュアさんの周りに、何か小さな発光体があった。いや、あったまずい。いた、だ。
「……皓皇様……」
発光体の正体は手の平サイズの、蜻蛉や蝶の羽を背に付けた人の姿をしていた。彼等はきっとあれだ。妖精だ。
「ツィアルには答えたけど、リシュアさんにも聞いてもらいたかったんだが」
島へと通じる唯一の細い道を進んで近付きながらそう言うと、最終通牒を言い渡される罪人が如くでびくりと体を震わせ身構えた。
「……申し訳ありません」
そこでなぜ謝るのか。
「これからも宜しく頼む」
「……皓皇様」
俺とリシュアさんの身長は同じくらい。正面から見合えば、目線がしっかりと合う。
女性にしては高い身長とか、物言いとか、戦闘技術とか、見た目の年齢とか、もろもろ含めて俺はリシュアさんをしっかりした強い、大人の女性だと思ってたけど。
(……細いな)
落とされた肩が弱々しい。それで初めて、俺は彼女がどれだけ気を張ってたのとか、本当はこんなにも、華奢で脆そうな人なんだと気が付いた。
「……宜しいのでしょうか」
「どうして。目覚めてからずっとやって来てくれたのはリシュアさんとライラだろう」
「私達には、本当は資格など無いのです」
「資格?」
何だろうか。まさか、従具精霊である事以外に、まだ必要な事があるのか。けど、あるにしたってリシュアさんはそれをクリアしているはずだ。ずっと戦って来てくれてるんだから。
後あるなら、リシュアさん自身の気持ちの問題か。
もし、皓皇を守れなかったからなどとまた言うなら、そんな事、今更だ。少なくとも今の俺には関係ない。
「私達は、先代のフィリージア殿が亡くなった事で、まだまともだったから、仕方なしに選ばれたに過ぎません。誓剣たりえる資格はあったけれど、実力はなくて、結局、誓剣となる事は出来ませんでした」
そして今は俺がクリスタルを呼べないから、やっぱり誓剣にはなれない。なんか、皮肉だ。
「今までは迷いませんでした。光の精霊族の中で従具精霊であるのは、私達だけでしたし、間に合わせであっても、選んで頂いた事に変わりはなかった。ただ相応しい武器であるよう、努力をすればいいのだと。――けど……」
(ああ、判った……)
『フィリージア』が生まれて、不安になったのか。
「私達は、決して優秀ではありません。ツィアルが生まれたのを知って、役目が終わったのだと思いました。元々貴方を守れなかった私に、貴方の側にいる資格など無いのです」
「俺がそう言ったか?」
「……え。い、いえ……。けど……」
潤んだ青の瞳が忙しなく瞬きをして、溜まっていた涙を頬に流した。泣かないで欲しい、と思ったけれど、同時にこの涙は俺のものなんだと、支配欲が疼いたのも――悪いと思うけど、あった。
(……いや、違う)
俺のでも、ない。皓皇のものなんだ、全部。
(けど、今は)
今は俺が皓皇で、皓皇の言葉として伝えられるのは俺だけで、だから、自分の思う通りで、いいだろう。
「リシュア」
「は、はいっ」
「最後まで、俺と一緒にいて欲しい」
「――……っ」
目を見開き、俺を見詰めたまま顔を赤くして、しばし、硬直。……あれ、返事が返ってこない。
「あ……っ。あの……。それ、は……」
「勿論ライラもな」
「――……」
再び硬直。……あれ?
「そ、そうですよね! 失礼致しましたっ。また、身の程を弁えぬ過ぎた誤解を……っ」
「り、リシュア?」
「どうかお気になさらずにっ。お願いしますっ」
「あ、あぁ」
必死の勢いでそう言われ、とりあえず頷いておく。頷く以外に何ができると?
くるっ、と俺に背を向け、肩で大きく深呼吸。落ち着くのを待つ事しばしで、いつもの冷静な従者然とした表情でリシュアは振り返った。
「先程のお言葉、とても嬉しく思います。己を卑下するのも、全て私の弱さ故。けれど陛下が認めて下さったのだから、もう迷いません。この身の天寿が訪れるまで、我が身、我が忠誠、全てを皓皇様に捧げます」
「宜しく頼む」
「はい、皓皇様」
晴れやかな笑顔を俺に向け、今度ははっきりと、そう答えてくれた。




