第六十九話
「――と、いう事だ」
こちらの会議室に揃っているリシュアさん、ライラ、ツィアルを見て、今までの話を一括りに纏めてそう言った。
「ツィアル、皓の森からの進軍、任せていいか」
「しかと拝命承りました。ご期待に適う様、全身全霊を以って務めさせて頂きます」
リシュアさんとライラには俺と一緒に先にミットフェリンに来てもらうから、皓の森は他の誰かに任せるしかない。こういう時がすぐに来ると判っていたから、リシュアさんも俺にツィアルを紹介したんだな。
有能な人が側にいてくれてて本当良かった。俺一人だったら今からバタバタする羽目になってたからな!
(気が付かなかっただけで、助けられるんだよな、十分……)
判断を下すのは俺だけど、そこに至るまでの情報は始めからリシュアさん達が用意してくれてたんだよな、ずっと。
「皓皇様?」
「手を貸してくれてありがとう。精霊にとっては不本意だろう俺の勝手に付き合わせて、それでも忠実でいてくれる事に、本当に感謝してる」
「……」
皆、沈黙。答えはすぐには返ってこなかった。半分、想像はしてたけど。
「――あ……っ」
「主たる精霊王に従うのは、精霊であれば当然です。けれど、私は今皓皇様に笑って頂けた事が、とても嬉しく思いました」
口を開き掛けたリシュアさんより先に、我に返ったツィアルからそう言われた。
「皓皇様のお優しい御心に、沿いたいと思いました。貴方様のために、我が身の出来る全てを致します、陛下」
「いや、そこまではしなくていいから。一番は自分を大切にしてくれ。頼むから」
これは本当に、全員に対して思う。彼女達は戦士だから、無暗に危険なだけの無茶はしないんだろうけど。
「……」
俺の言葉に、少し意外そうに呆けて固まってから、ツィアルは口元に手を添えてくすくすと笑い出した。
「承知いたしました、皓皇様」
「……ああ、まあ、頼む」
何だろう、これは精霊にしては珍しい反応だ。いや、いいんだけど。
「……」
「リシュアさん?」
そのツィアルを見詰めたリシュアさんが表情を固くしているのに気が付き声を掛けると、はっとしてこちらに返ってきた。
「!」
リシュアさんも何かを言い掛けてたが、まさか先に言われたからってどうこう思う訳もないだろう。リシュアさんなら多分、『当然です』的な事を事もなげに言うだけだろうし。
「――……あ……っ……」
「?」
しかし予想に反し、目が合ったリシュアさんはかあ、と頬を染め一瞬だけ眉を下げ頼りなげな表情をしてから、慌ててそれを俺から隠すように立ち上がる。
「出立の準備をして参ります」
「あ、あぁ」
逃げる様に席を立ったリシュアさんを、そのまま見送る。珍しい。
「リシュア、待って」
「――……何だ」
しかしそのリシュアさんに追って立ち上がり、ツィアルが声を掛ける。廊下に出かかった足を止めてリシュアさんも振り返る。その表情はやっぱり硬い。
「皓皇様のお言葉を無視する気?」
「……っ」
「自分達だけが従具精霊だと、驕っていたのではない? 今の態度はあまりに無礼よ」
「――っ。そ、それは……」
「私は、生まれたばかりで未熟。判っているから何も言う気はなかったけど――……貴女がそうなら、言うわ。私は、私も、先代のように陛下のお側に召して頂きたい」
「っ」
恐れていた正にそのままを突き付けられた表情で、リシュアさんは息を詰めて強く拳を握り締める。少し離れている俺の位置からでも判る程だ。
「皓皇様、どうぞ、ご一考下さいませ」
「ツィアル……」
一度頭を深く下げ、それから上げて俺を見詰めて来たツィアルの瞳は、真っ直ぐ逸らされずに俺を見て来た。望みの強さを表すかのように、揺るぎなく。
「……ツィアル、俺は――」
彼女の真剣さに対して、答えを引き延ばすのは失礼だ。今は二人以外と組む気はないと告げようとして、その視界の端でリシュアさんが一歩、足を退くのが見えた。
「リ……っ」
「――っ」
俺の視線を受けると、口元を押さえリシュアさんは駆け去ってしまった。
「待っ……!」
「陛下っ!」
「!」
しまった、そうだ、こっちもまだ返事してない。
「ツィアル、すまないが、俺は今二人以外と組む気はない」
「何故です? あのような不敬な行いを、何故お許しになるのです」
「地位は仕事を回すために必要な枠組みだが、個人の優劣じゃない。もっと砕けてくれていいぐらいだ。ツィアルもな」
「!?」
「リシュアさんは六百年前皓皇を守れなかった事を、悔いている。察してあげてくれ。同族なんだから」
言われてはっとしたようにツィアルは目を見開き、それから恥じる表情で顔を赤くし、頭を下げた。
「申し訳……ありませんでした」
「それでも、これからも指揮官として力を貸してくれると助かる」
「無論です! 私の忠誠は皓皇様の物! 必ずや、全うしてみせます!」
すぐ様敬礼を返して、ツィアルは迷いなく断言してくれた。
「でも、自分達の身も守ってくれな」
「……はいっ」
多分それが彼女の本当の笑顔なんだろう。容姿に似合う屈託のない満面の笑顔で、今度はちょっと茶化した敬礼をしながら、ツィアルは明るく返事をくれた。
「じゃあ、そういう事で、頼む!」
リシュアさんも早く追わないと!
「お任せ下さい。――けど」
「何だ?」
「私もいつか、皓皇様に追って来て頂きたいです」
「勘弁してくれ」
冗談を言えるぐらいには気を抜いてくれてるのは嬉しいが、冗談でも実行はしないでくれな。
ちょっと二人で笑って――俺は部屋を後にしリシュアさんを追い掛けた。
(っつーか、心当たりが全く無い!)
あぁ、本っ当、俺二人の皓皇への忠誠心に甘えてたんだな。二人の事、何も知らないんだ。あ、部屋の位置は流石に知ってる。判らなくて困ったから、あの後光の宮隅から隅まで踏破したから。
でもこんな時に部屋に帰るか? 一人部屋だったらそうかもしれないが、リシュアさんはライラと二人部屋だ。一人になるなら、むしろ森の方に行くだろう。俺も抜け出して見つかりたくないと思ったらそうする。
だからと言って、リシュアさんが俺から離れ過ぎるとも思えない。絶対、光の宮の近くに入るはずだ。




