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女神の誓剣  作者: 長月遥
第五章 レトラスの魔王
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第六十五話

(――ん?)


 バウゴ候と、運良く一緒にいたロアさんに挨拶を済ませ、二人に先に待っててもらってる馬小屋へと俺も向かう途中。そろそろマトルトーク城にも慣れて来て、ショートカットで中庭を突っ切っていた俺の視界に、見慣れた後姿が見えた。

 ただし――見慣れない様子で肩を落として。


「フィレナ」

「っ!」


 声を掛けるとびくっ、として肩を跳ね上げ、姿勢を正したが、振り向いては来なかった。


「……大丈夫か?」


 間抜けな質問だ。けど、これ以外声の掛けようがないのもそうだ。


「大丈夫じゃないと思ってるなら、声掛けて来ないで」

「大丈夫じゃなさそうだと思ったら声掛けるだろ」

「……」


 後ろを向いたままで天を仰ぎ、フィレナははーっ、と大きく息を付いた。


「ごめん、私今酷い顔してる。あんたに顔見せたくない」

「悪いな、気の利いた伝え方、してやれなくて」

「大丈夫、ありがとう。兄様と姉様が無事だって判って、それだけでも喜ぶべきなの、本当は。判ってる。……でも」

「……うん」

「どうしてって、思う……っ」


 震えて、吐き出された声にはまだ涙の様子はない。泣きたくない訳じゃないだろう。ただ、泣いてしまいたくないだけで。


「何で……こうなったのかな。人間ってそんなに汚い? 酷い人は沢山いるわよ。でも、優しい人だって沢山いるのよ。何で……魔に、負けちゃうのかな……」

「……優しい人が、馬鹿を見るからだろうな」


 優しくあるには、裏切られて自分が傷付く覚悟をしなきゃならない。

 そんな覚悟を持たなければならないのも、優しさに付け込む卑劣な事が許されるのも、間違ってる。そんな事がまかり通ってしまう事こそ、馬鹿な事なんだけど。


(上手くは、いかないんだよな……)


 優しい事が損をする、そんな常識を、俺は知ってる。

 いや、別に俺だけじゃないだろう。どこにいたって人は同じだ。だからフィレナも、多分。


「レトラスに帰ったら、そうならない社会を作れよ」

「……うん」

「大丈夫だ。協力してくれる人も、沢山いるさ。お前の言う通り、優しい人も沢山いるんだから」

「うん」

「頑張れ。出来る協力なら俺もするから」

「うん。……頑張る」


 ぐす、と少し鼻をすする音が混ざって来た。

 こういう時、我慢する必要はないと思うんだ。


「あのな、フィレナ」

「何よ」

「泣くと結構すっきりするぞ。溜めこんでると先進めないけど。泣くのも怒るのも笑うのも、恥ずかしい事でも何でもない」

「うん」


 ぐし、と頷きながら目元を擦る。


「我慢しないで、泣いとく」

「無理なら逃げる手もあるぞ」


 肉親と戦う事ができないというのは、無理のない事だと思う。でもした方がいいとも思う。自分のために、肉親だからこそ。


「馬鹿にしないで」

「やれるのか?」

「やるわ。だって兄様と姉様は間違ってるもの。だったら止めなきゃいけないもの。私が、止められる最後の家族だもの」


 そうだな。そうしないと、フィレナはきっと後悔する。


「――もう、行きなさいよ。あんただってボロボロなんだし」

「ああ」

「でも、一つだけ。父様の事聞くの、あんたの口からで良かった。ありがとう」

「……フィレナ」

「行って。泣くから。みっともなく」

「みっともない事ない。お前が家族を愛してるってだけだ」

「好きよ。大好き。大好きなの……っ」


 心の底からの、悲痛な叫び。

 苦しい、と思う。


(泣いて欲しくないんだ)


 嫌いじゃない人がなく姿は、苦しい。


「ねえ……」

「何だ?」


 呼び止められて、離れかけた足を止めて、振り返る。


「もう、泣きたくないから、あんたは居なくなるような事、しないで」

「ああ、しない。だからお前もするなよ。俺も泣きたくない」

「……泣いてくれる?」

「泣くよ」


 フィレナがいなくなったら、俺は泣くだろう。そう当たり前に思うぐらいには、フィレナが好きだ。


「じゃあ、やらない」

「ああ。またな」

「うん」


 今度は、声は掛からなかった。


(――何、だろう)


 フィレナは実際的にも俺より年下だし、女の子だし、身体つきが細くて柔らかいのも当然で、男の俺が守るのも当然だと思うんだが。

 触れて、震える肩を支えてやりたいと思ったのは、手段、ではないだろう。


(だってやったらまずいだろう)


 女の子の体に触るとか、NGだから。


「……」


 あまり深く考えるのは、止めとこう。

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