第六十二話
「そう言えば、ペガサスもユニコーンも数が減っておるか。ここしばらく、確かに一頭たりとも見かけなんだな。ふむ……。しかし、足の問題は重要ぞ。しばらく前にクアトートはガラ空きじゃったが、今は魔人共が帰ってきておる。港から白煌諸島に帰るのは難しいじゃろうな」
「……無理か?」
クアトートががら空きになっていた時期って言うのは、セ・エプリクファが『ミットフェリンから魔人を連れて来た』って言ってたから、その関係だろう。全員帰れた訳はないが、それでも何割かは、帰れたんだろう。
(……良かった、っつーべきなんだろうけど……)
死人が出て良かった事なんて何一つないから。
しかし、ミットフェリンに足止めされると、困るのも確かだ。フィレナが密航して来たって言ってたから行けるかと思ってたんだが、精霊だとやはり厳しいか。
「無理とは言わんが、無茶じゃろうな。――おぉ、そうじゃ。セイレーンに頼んで船を強奪したらどうじゃ?」
「強奪って、それ、海賊だろ!」
犯罪には抵抗がある。せめてもう少し穏便な方法はないものか。
「後は、そうじゃな」
「水棲馬は……どうでしょう……」
「ああ!」
ライラに言われて、俺はぽん、と手を打った。忘れてた。
レトラス軍が撤退した後――魔人である事を思えばこれも驚きだが、負傷兵は回収されていった。遺体と水棲馬十二頭は放置されたが。
放置された水棲馬のうち、六頭は負傷しただけで生きている。治療したら放つつもりだった――が。
「ふん、あんな頭の足りぬ馬どもが、言う事を聞くものか。己がどうあるべきかの知性もない、ただ本能に生きる獣ぞ」
「状況理解して大人しくしてる理性はあるんだし、試してみてもいいだろう。――……ってか、言葉が通じないのか?」
水棲馬が喋ってるの、見た事ねーし。馬だし……。いや、水蛇族も蛇だけど。
「奴等の言語はちと特殊だが、慣れれば意志の疎通ぐらいは出来るじゃろう。頭は足りんがな」
「……じゃあ、まあ、行ってみる」
判らなかったらルーティール呼ぼう。それでも駄目ならタタラギリムに頼もう、うん。
水棲馬を捕えてあるのも、実はこの第一階層だ。僅か六頭。しかも手負いで、暴れたりはしないと思うけど、一応繋いである。中枢までは遠い所に、という配慮もなされていたんだが。
(……必要、なかったかもな……)
水棲馬達は、確かに自由だった。
拘束はされてるんだが、その中で可能な限り自由だった。拘束されてる事に対する不満すら見えない。
六頭中二頭は昼寝。凄く健やかな警戒心のない顔で寝てる。三頭は水浴びして遊んでる。もう一頭は何と、水蛇族の子供と遊んでる。馴染み過ぎだろ。捕虜の自覚ないだろ、こいつ等。
「――ちょっと、いいか」
一番話し掛けやすそうな、水浴びグループへと近付いて話し掛けてみる。幸いにも敵意のない瞳できょと、としてこっちを見て来た。
……何だろう、これ。この目。何か覚えが……あ。
「アルパカだ……!」
「アルパカ?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
首を傾げたライラに誤魔化しつつ、こっちにはアルパカいないんだな、とか、今はどうでもいい事が頭を過る。
『――……』
ゆったりとした動きで口を開き、水棲馬は口から音を発する。キン、と耳に不快な高音と、同時に何か、違う音が微かに聞こえた。
多分これが彼等の言葉なんだろう。確かに頑張れば何かは聞き取れそうだ。
「悪い、もう一回」
『――』
「あっ……。判り、ました。何? って、聞いてます」
適応早いな、ライラ! でもこういうのは子供の方が耳が良くって覚えるのか。
「頼みがあるんだが、アイルシェルまで俺とライラを乗せて走ってくれないか」
『――ら、……だ』
「疲れるから嫌、だそうです……」
「疲れるからか! 良い度胸だな!!」
捕虜として捕まっている自覚が、果たしてこいつ等にはあるんだろうか。いや、無い。絶対無い。
『水……、い、入……』
「ここの水は気持ち良い。出たくない。入って一緒に遊ぼう、って言ってます……」
「いや、そんな時間の余裕ないから」
『……』
向こうの言葉は判らないが、向こうはこっちの言葉を正確に理解している。そんなに頭悪くなさそうだぞ。性格が緩いだけで。
やっぱり敵であった自覚が全く無い誘いをして、俺が断るとしゅん、と悲しげな目をして項垂れた。
(ああぁぁあっ。止めてくれその目はっ。何か悪い事してる気分になるだろーが!)
ちなみに、話してる一頭以外は我関せずで遊び続けている。本っ当自由人な! 馬だけど!
「ってか、何で水棲馬はレトラスに従ってんだろ……」
何がどうしたって言う事聞かない気がするぞ。それとも恐怖支配なのだろうか。それにしては全員、悲壮感がないが。
『――飯、美、……楽』
あ、今のは判った。
「自分で獲らなくていいから楽で、しかも美味い、と」
餌付け効くのか。効くなら有効だよな。本能に忠実っぽいし。
「皓の森も食は豊かだぞ?」
なので、俺もレトラスに倣って餌付けを試してみる事にした。嘘ではない。皓の森の果物は野生とは思えない美味さだし、ミットフェリンに生息している水棲馬達には、珍しさという点でもプラスになるんじゃないだろうか。
『!』
そして効果は覿面だった。俺が話し掛けていた一頭のみならず、起きていた他三頭もぐり、とこっちに顔を向けて来た。どんだけ食欲旺盛なんだ。
でも寝てる水棲馬は寝てるまま。周囲の動揺の気配にもお構いなしだ。
こんなに警戒心薄くて、野生で本当に生きていけるのか……?
「送ってくれたらご馳走するぞ? 食いつくされるのは困るけど……」
ま、まあ一頭で破壊し尽くす事はないだろう。味が口に合うかも判らないが、大丈夫だ、多分!
『行く!』
『行く!』
『行く!』
『眠……』
一頭寝た! 興味引かれてたのに! 食欲より睡眠欲な奴なんだな、お前は。
「アイルシェルの皓の森まで、どれぐらいかかる?」
『……?』
こきゅ、と首をやや傾けて、水棲馬から答えは返って来なかった。
「判らないか?」
こくん、と首を縦に振る。賢くないってより、興味ないから覚えないんだ、きっと。行きたい時に行きたい所に気ままに行くんだな、きっと。クアトートまでも手綱取らないと行けないっぽい。
「まあ、いいか。俺達と一緒に海渡ってくれるか?」
『行く!』
……その気合がアイルシェルまで続く事を祈ろう。
行く気になってくれたのは三頭いるが、やはり始めから話を聞いてくれた一頭に付き合ってもらう事に決めた。
軽装とはいえ、鎧を着けた騎士を乗せて走ってたんだから、俺とライラを乗せても大丈夫だろう。二頭以上の手綱を取れる気がしない、というのが最たる理由だが。
「今から行けるか?」
『行く!』
一応、傷の具合を確認すると、ほぼ無傷だった。どうやら乗り手だけ失って放置されたっぽいな。運もいい。頼もしい要素だ。
念の為擦り傷を治しておくと、感謝の証なのか、れ、と顔を舐めて来た。懐きやすいんじゃないか、むしろ。
「頼むな」
『行く!』
そうか、そんなに楽しみか。皓の森でのご飯が。
水棲馬を伴い、水の宮の外へと出る。外の雨は大分弱くなっていて、もう陽も差し始めている。止んだ途端に溜まった水も消えるらしいので、結構ギリギリだったな。
「――よし、帰るぞ。アイルシェルに!」
「はいっ」




