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女神の誓剣  作者: 長月遥
第四章 共闘
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第六十一話

「もう……っ、陛下の、言う事……っ、信じません……っ」

「悪かったって」


 レトラスの精霊狩り部隊を水蛇族に撃退してもらってから、一夜。避難の意味もあって全員水の宮の中へと入れてもらった。


 ちなみに入口は、湖中央の小島にあった。門のオブジェが立っていて、その正面に水鏡になるよう、浅く作られたタイルの窪みがあるのだ。そこに門が映り込んでから、オブジェの方の門を開くと、水鏡の方から入れる。面白い。不便だけど。


 ライラには援護をと嘘を付き、ルーティールにライラの保護を頼んだ訳だが、余程悔しかったらしく、ライラは未だ怒っている。治療してくれながらだけど。


「一緒ですって……、言ったのに……っ」

「心配ないと思ってたからな。ライラに手酷い真似されたくなかった」


 何と言うか、予想よりもタタラギリムが手を出してくれるのも遅かったし、やっぱりライラはルーティールに任せて避難させておいて良かったと思った。


(実はちょっと俺が痛めつけられんの楽しんでたんじゃねーの、ってのは……考え過ぎか?)


「陛下……?」

「あ、何でもない何でもない」

「何でもなく……っ、ないです……っ!」

「……悪かったって」


 これはしばらく続きそうだ。リシュアさんがいなくて良かった。二人一緒だとより大変そうなので。


「皓皇様、ちょっと、宜しいですかー?」


 水の宮に戻って来れて安心したのか、ルーティールの声は外にいた時よりも若干活き活きしている。足取りも軽い。


「あぁ、どうした?」

「あれ、まだ治療中ですか?」


 きょと、として言ったルーティールに、悪意はない。本当にただ不思議そうに言った。

 しかしそれにライラはむっとした顔をする。悪意はないんだろうが、ないからこそ、中々痛い事を言ってくれる。


 別にライラが下手な訳じゃなくて、原因はただ光のエレメント不足だ。ここは水の宮だから、俺達よりもルーティールの方が上手く出来るのは当然だ。


「私がやりましょうか?」

「結構……ですっ」


 意地があるよな、うん。


「そう、ですか?」

「ライラに任せてるから大丈夫だ。それで、どうしたんだ?」

「あ、はい。シャーリーンが起きましたので、お知らせに。それで、申し訳ないんですが……来て頂いて宜しいでしょうか。弱っていて、動くのが難しくて……」

「判った」


 おそらくその人が、今水の宮を纏めている人なんだろう。ルーティールは俺を出向かせるのに気後れしているようだが、歩くのも覚束ない人に、そっちから来いとか言わないから。


 エレメントの薄さと傷の深さの両方で少し時間が掛かったが、結果は綺麗に塞がった。治療を終え、ライラと共にルーティールに付いて水の宮の奥へと向かう。


 光の宮は普通に宮殿っぽい作りで上に伸びているが、水の宮は階層が下に向かって続いている。床は半透明の青の水晶。通路になっている床以外にはちょっと窪みがあって、そこには水が張ってある。しかも普通に魚も泳いでる。


 結構深いはずなのだが、自然光……なんだろうか、違和感のない光が上から降って来るのが光源で、十分明るい。自然光だとしても、何らかの増幅効果はあるだろう、これは。


 光の宮もそうだったが、雰囲気あるな。ぜひ他の宮も観光したい。もしこの様相が伝わっていればだが、カルタとアルタが精霊の宮を見たがる気持ちも判る。


(しかし……本当に人、少ないな……)


 光の宮も皓の森も、まだまだ人も動物も少ないが、それでも見掛けるぐらいはいる。俺が始めに起きた時だって、擦れ違うぐらいは人はいた。

 けど水の宮には、ルーティール以外いないかのように静まり返っている。魚だって広過ぎるスペースをぽつぽつと、悠々と泳いでいるぐらいだ。

 明るいからそうでもないが、暗かったら別の雰囲気があるぞ、これ。


「こちらです」

「あぁ」


 ルーティールが案内してくれたのは、地下三階の居住区らしき別棟だった。その中の真ん中当たりにある部屋の一つをノックする。


「シャーリーン、皓皇様をお連れしました」

「ありがとう、入って頂いて」


(……ん……?)


 シャーリーンと呼ばれた女性の声に、少しだけ違和感を感じた。そしてそれは、ルーティールが扉を開け、中に入って確信に変わる。

 椅子に腰掛け俺を出迎えたシャーリーンさんは、老女だった。やせ衰えたその姿は、八十、九十程にも見える。


(珍しいな)


 精霊の外見年齢は、年月だけでは変わらない。体を維持する力を失って消失する時も、生まれた時とほぼ変わらないままで逝く者がほとんどだ。

 彼女が、生まれた瞬間から老女だった訳ではないだろう。


(それだけ、精神的にも肉体的にも衰えてるって事か……)


「わざわざ足を運んで頂いて、申し訳ありませんでした。皓皇陛下……」

「いいや、大丈夫だ。気にしないでくれ」


 弱っているというのもそうだし、この様子では体ももう利かないだろう。出向くのが同然だ。


「この度は水の宮を守って頂き、ありがとうございます」

「同族だろう、当然だ。……ってか、実は俺はほとんど何もしてないから、礼はむしろ水蛇族達に」

「ええ……勿論です。しかし、彼等を説得して下さったのは、まぎれもなく、皓皇様ですから……」

「……いや」


 それも微妙に違う、と思う。タタラギリムにはほとんど話を聞いてもらってなかった。

 タタラギリムが気を変えたのは、ディードリオンの襲撃後――魔人の力を思い知った後だ。

 いずれは知る事になって、受け入れたとは思うが、今回はタイミングが良かっただけだ。俺にとって。


(運……。運、なのか? これ……)


 違和感があるんだ。ディードリオンの言った『行動が早い』も含めて。


「皓皇様?」

「いや、彼等は彼等の誇りのために戦っただけだ。説得するのはこれからだ」

「陛下、なら……。きっと、大丈夫、です……」

「大丈夫にしないとな」


 断定で言ってくれたライラに、微笑って頷く。

 水景殿を出た直後は、俺に手を上げたって事で憤っていたライラだが、俺と水の宮を助けた事で水に流す事にしたらしい。良かった。


「で、これからなんだが」

「はい。私共も力を尽くしたいのは勿論なのですが、今は……正直に申し上げまして、微力にすらなれないかと……」

「それは判ってる。気にしなくてもいい。――ただ、俺はこれからアイルシェルに戻るから、その間の事を水蛇族に任せたいんだが大丈夫か、って話だ」


 水の宮と水景殿はわりと近くにあったままだし、互いに不干渉、な暗黙の了解があったっぽい。性格的に合わないのはそうだとも思う。

 敵対まで行ってなくても、多少なりとお互い思う所があるんじゃないか、と心配した訳だ。

 だから始めに了解を取っておこうと思ったんだが、シャーリーンさんは抵抗なくすぐに頷いた。


「私共は助かります。けれど、水蛇族が頷いてくれるでしょうか。私達に差し出せるものは何もないのですが……」

「それはきっと、タタラギリムに言ったら怒るな」


 水蛇族が誇り高いのは本当だ。自分の言った事は守るだろう。

 細かい折り合いはとにかくとして、大局的に精霊族と組む事を彼等は認めた。だから多分、守ってくれる。


(流石に今度は口を出す、以上の事は出来ないけどな……)


「多分、大丈夫だ。あまり気に病まないで、自分を労わってくれ。碧皇もきっと、そう望む」

「はい、有難うございます。皓皇陛下……」

「じゃあ、悪いが俺達はタタラギリムに挨拶をしたら、ここを出る。――もう少し待っててくれ。近いうちに、レトラスを魔人の手から取り戻す」

「はい、陛下……」


 断言した俺に、シャーリーンさんとルーティールは深々と頭を下げる。その二人を残して、俺はライラと共に部屋を後にした。


「良し、次はタタラギリムに会いに行くぞ」

「はい」


 自分でも忙しないと思うが、仕方ない。何しろ急がないと、また数日間水の宮には出入りできなくなってしまう。

 今はまだ雨が降っていて通行可能なので、今のうちに済ませて、急いでアイルシェルに戻りたい。


 水蛇達が宛がわれ、寛いでいるのは第一階層の大広間。群れで境なく過ごしていた水蛇達には、区切られた小部屋よりもその方が良いだろうとの事で、彼等に全面開放されている。どうせ人もいないしな。


「タタラギリム」

「おぉ、皓皇」


 やはり脱皮してすぐの強行軍で疲れているのか、タタラギリムを始め、周りの水蛇達にも元気があまりない。そこかしこで丸くなって眠っている。

 けど自分達の仇でもあるレトラス軍を追い払った事で気分は高揚しているのか、雰囲気は悪くない。


「ふぅむ。精霊の治癒術というのは、上手く治すものじゃのう」


 だらりと床に投げ出していた体を起こし、座り直したタタラギリムは俺の肩や手を見て、感心したようにそう言った。


「あぁ、大体は」


 言ってるタタラギリムにも、傷痕はもう無い。彼女の場合は脱皮のお陰もある気がするが。


「醜い傷が残らなくて何よりじゃ。お前の肢体には価値があるからのう。気を付けよ」

「あー……。まあ、その方が良い……のかもしれないけどな」


 借り物かもしれないし、この体。何より、痕が残るような大怪我、そもそも俺もしたくないし。


「それで、忙しくて悪いんだが、俺はこれからアイルシェルに戻る。しばらく水の宮の事、頼んでいいか」

「それは構わぬが……そう言えば、お主の眷族はどうした。付き人が二人とは、あまりに貧相ではないか?」


 やはり他種族だと見分けるのが難しいのか、誤解している。


「もう一人は俺の眷族でもないから。実は、不慮の事故で来ただけで何の準備もしてないんだよ。一回皓の森に帰らないと、本っ当何も出来ねェ」

「そのようじゃな」


 寝ればどこの宿屋でも全回復出来る訳ではないのが辛い所だ。一々帰らないとしんどいのが、日数的にもしんどい。

 それでもマトルトークでダラダラ過ごすよりは、皓の森まで帰って一日すっきり休んだ方が早いんだ。


「まあ、任せよ。妾達もまだしばらくは休息が必要じゃ。ここは確かに、堅牢な作りよ。身を癒すには丁度良い」

「ああ、頼む。――じゃあ、俺はもう行く。近いうちにまた」

「何と、もう行くのか。エレメントはともかく、体力ぐらいは回復させて、次の雨を待っても良かろう」

「移動手段もないからなあ。日数を考えると、出立も早い方が良い」


 心配も掛けてるだろうから余計に。それに、あの後どうなったかも気になってる。

 魔王による虐殺は防がれたものの、戦況的には大敗だ。皆が果たして、どう思ったか。


(ディードリオンとどう戦うかも、考えなきゃならないしな……)


 頭の痛い事ばっかりだ。始めから向かい風から始まってるから、仕方ないけど。

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