第六十話
被害を出すよりは殺してしまうが、可能ならば元々捕えるつもりだったらしい。命令にすぐ様兵士は応じた。
俺に一撃をくれた兵士も、心得ているような斬り方だったから――慣れてるんだな……ッ。
「抵抗は無駄だ! 大人しくせよ! そうすれば丁重に扱ってやる。上位精霊は価値が高い!」
「誰がっ、聞くか!」
俺に一太刀浴びせた事で余裕を滲ませた背後の二人に肉薄して、一気に落とす。しかし間髪入れずに後ろに控えていた相手が斬り込んで来て、決して浅くないが、深くもない一撃を右肩に入れてくれた。
「――っ!」
輝治癒は、今はまずい。一気に残りのエレメントを持って行かれるし、そもそもそんな時間、与えてくれないだろう。一歩下がったその先で、後ろから今度は逆の肩を刺し貫かれた。
「ぅあ……っ」
そのまま背中を踏まれ、否応なくうつ伏せに地面に倒される。同時に、今の凶器である両の手を左右の兵士の剣が貫いて、地面に縫い付けられた。
「――!!」
「捕えました!」
「ご苦労、良くやった! 欠損もない大変な成果だ! 捕縛しろ!」
「はっ」
ジャラリ、と金属の不快な音がする。そして右足首に掛かる冷ややかな感覚。片足だけだが、付けられた瞬間魔気が体内に侵入して来て、右足首を中心に痛覚を強く刺激される。
「――っ……!」
呻き声を何とか唇で噛み殺す。流石に、精霊捕縛専用部隊か。こんな物を平然と用意して、人に掛けられるとは。
「この清流の大陸において、あれだけの力を振るうとはな。流石上位精霊といった所か。こいつは厳重に管理しておけ! 貴人の皆様も喜ぶだろう」
「はっ!」
敬礼をして返して兵士に頷き、急遽隊長を務める事になった男は再びの碧の湖への進軍を再開させる。
(――駄目、か……)
行けると思ったんだが、そろそろ諦めるべきか。水の宮まで侵入される訳にはいかない。
本当の意味で後先考えず、形振り構わなければ多分、壊滅はさせられる。気を遣っている余裕はなくなるが。
そう覚悟した俺の視界の中に、にょろ、と動く長細い物が入ってきた。
「……」
草の間を縫って音もなく広がって行く、それ。
次の瞬間。
ザザッ。
草を揺らし、その合間から半人半蛇の水蛇族達が、兵士達の折角立て直した隊列のただ中に、大量に姿を現した。状況を兵士達が把握する前に、ばくんっ、とまずは一人が兵士一人を丸飲んだ。
「ぎ、ぎゃあああっ!」
「何っ、何だ!?」
「水蛇! 水蛇ですっ。隊長――っ」
「慌てるな! 周りの者と協力して、一匹ずつ――」
「お前が隊長かえ?」
指示を飛ばし、部隊を立て直そうとする隊長の背後に、巨大な影が差し掛かる。ややハスキーだが艶のある女の声と共に。
「え?」
振り向いた彼が見たのは、果たしてどんな光景だったのか。頭を鷲掴まれ、軽々と片手で宙に放り出され、その体は高く、長く空を舞う。
どずっ、と地面に落下した体が重い地響きを立て、転がっている俺にまで結構な振動を与えた。頭から……っ、だったぞ。大丈夫か……?
「酷い有様よの、皓皇」
「……タタラギリム」
「妾の手を勝手に拒み、勝手に帰った愚行の結果が、これよ。誇りも尊厳も、貶める事に何の躊躇いも持たぬ下種共に、手心を加えて何とする?」
微妙にタタラギリムには言われたくない言葉が混じっている気もするが、彼等が重きを置く誇りの部分が、きっと違うって事なんだろう、うん。
「相手が外道なのと、俺達が外道な真似をするのとは、関係ないだろ?」
「愚かさも極めれば感心するわ。貴様は確かに、貫いているようじゃからのう」
言ってちらり、と俺が倒して回収された兵士達へと目をやった。
「何故殺さなんだ。復活して戦線に戻られるだけ、不利であろう。本気で一人で何とか出来ると思ったか。なれば、愚かとしか言いようがないぞ」
「人殺しはしたくない、なるべく。奪った命は取り返しがつかないんだ。そうだろう?」
「……そうじゃな」
妹二人の事を、あるいは同族の事を思い出してだろう、タタラギリムの表情が曇る。呟いた声に滲む苦さは、癒えていない傷から流れた苦さで満ちていた。
「とはいえ、妾は敵に情をかけるほど情深くはない。魔人の――人間の命など、家畜と変わらぬわ。しかし、我等は誇り高き古竜の末裔。此度の戦は、貴様の物。なれば気様の流儀に合わせてやろうではないか」
「そう言ってくれると思ってた」
無造作に剣を引き抜いて解放してくれたタタラギリムを見上げて、笑って見せる。返って来たのはちッ、という荒々しい舌打ち。
「妾を嵌めたつもりかえ?」
「そこは信用したと言ってくれ」
「口の減らない……」
眉間に寄せたしわで渋面を作ってはいるが、目は少し楽しげに輝いている。
「だが貴様の戯言は、小気味良い。乗ってやろうと思う程度にはな」
「ありがとう」
「……ありがとう、か。ふふ。詰まらん言葉だ。だが――美しい響きだ……。精霊の喋る言葉だからであろうか?」
「気持ちがあるからだろ。お前が俺にしてくれた苦言も同じだ」
「そうか」
言ってタタラギリムが笑った所に、澄んだ風精霊の笛の音が鳴り響く。
「頭領!」
「何じゃ」
「王国軍が撤退していきます!」
「そうか。追って食らい尽くせ――と言いたい所じゃが、今回は良い。捨て置け」
「はっ! すぐに――えッ!?」
タタラギリムならば間違いなく、追って殲滅を命じる所だったんだろう。頷いて身を翻した水蛇の男は、少し進んでから驚いた様子で振り返った。
「捨て置け」
「な、何故です! 奴等は同胞を――」
「黙りおれ! 貴様は妾に恥をかかせる気か!!」
「ひっ」
同じ蛇同士だが、蛇に睨まれた蛙状態で、男は身を竦ませた。心なしか体も小さくなった気さえする。
「妾達は何をしに来た。復讐か? こんな小部隊を相手に、弱者を相手に復讐とのたまうのか!? ふざけるな! 我等は皓皇に義を返しに来たのだ! 馬鹿者めが!!」
「ははっ!」
平伏して下がった男に、ふんと鼻で笑ってタタラギリムは俺を振り返る。
「聞いての通りよ、皓皇。貴様の戯言に付き合ってやるのは、今回限りぞ?」
「あぁ。次は改めて、条約結ぼう。ゆっくり話し合ってな」
「ふん。貴様の減らぬ口、黙らせてやるのが楽しみじゃ」
それは本当っぽいな。望む所って奴か。
(でもまあ、可能性はあるって事だから)
中々上等な成果だろう。




