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女神の誓剣  作者: 長月遥
第四章 共闘
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第五十六話

 いや、今はそれも後でいい。レトラス攻めの前には確かめなくてはならないが、今は彼女達との交渉が優先だ。


「従う気がないなら、俺達と同じだ。滅びるな」

「舐めるな!」


 叫ぶ言葉と共に、シャア、と喉から鳴き声が上がる。

 そして後方に伸ばした手の中に、水中から飛び出してきた三叉の鉾を握る。同時に、姉妹らしき二人も擬態を完全に解き、顔に鱗が生え、下半身がまま蛇のそれになる。


「古き友である女神の眷族だからと、今まで大目に見てきたが……。我等の血への侮辱、もはや許さぬ!」

「ひゃあうっ」


 今までずっと、逃げ隠れしてきたルーティールには、タタラギリムの迫力は辛かったらしい。身を竦めて悲鳴を上げる。


「言葉で侮辱されるぐらいなら、まだマシだろう! 次は本当に蹂躙されるぞ! それとも、自分達の力で本当に何とかなると思ってるのか!」

「舐めるな、と言ったぞ、精霊! 我等はエレメントにも魔にも寄らぬ! 我等は我等の肉の力を持って誇りを守る!」


 尾がうねってぬかるみの地面を掻き、一気に間を詰めて来る。


「貴様等の様に、エレメントの属性に一々左右される脆弱種と一緒にするな! 妾達は神にも魔にも負けぬ!」


 女性にしては逞しい、程度にしか言えない腕で、タタラギリムは矛を俺に向かって振り下ろす。

 飛びのいて避けるが、地を叩いた鉾は刃先が触れると細かに振動し、ごばっ、と大きく地面にクレーターを開けた。


「――ハルト……っ」

「いい、戦う理由はない」


 武器化しようとしたライラを制し、タタラギリムを見上げる。俺が武器を手に取らなかったためだろう、憤怒の表情は変わらず矛を構えたままだが、タタラギリムは攻撃を一旦止めた。


「人間は狡猾だぞ、タタラギリム」

「知っておる。弱き者が生きるためには、上手く立ち回る術が必要じゃ。だが力を持つ妾達には関わりなき事」

「なら、狡猾な魔人ならどうだ」

「侮るでないわ。魔神でも魔王でも、一飲みにしてくれようぞ。妾はそうして一族を守ってきた。その結果、見るが良い。奴等は我等を怖れ、交渉という手段以外、手を(こまね)いておるわ」


 鼻で笑ったタタラギリムは事実成して来たからこその自信に満ちていた。その言葉に俺の中で警鐘が鳴る。

 失敗し続けている同じ事を、諦めずに繰り返す程、馬鹿な人間はそうそういない。レトラスの魔人は、人間なんだ。


「状況が変わり続けるとは思わないか」

「言っておろう。妾達は、左右されぬ」

「違う。数ヶ月前までこの地の支配者は誰だった? いなかったはずだ」


 各勢力が見合いをしている状態だったと、ルーティールは言った。


「……なんじゃと?」


 タタラギリムの顔がしかめられる。何を言っているか判らない、という様子で。


 魔人は徒党を組まない。自分達の欲を優先するようになった精神性で、集団行動は成り立たない。

 そうリシュアさんから聞いた時、それはそうだと俺は思った。恐怖で縛りつけた軍は、軍でも何でもない。


 軽度のうちはそれでも必要な機能のため、町という枠組みが動くが、それも使う者と使われる者が暴力で決定された末期社会だ。


 ――だが今レトラスには、軍隊が存在し、機能している。

 碧の湖を抜ける時に見た精霊狩り部隊は、間違いなく軍隊だった。魔人化がそれほど軽度だった訳じゃない。ただの見張りだったろう兵士の何人かは、確実にハーパーの魔気を越えていた。


 タタラギリムには、まだ敵わないかもしれない。けれど多くの水蛇族には厳しい戦いになるだろう。

 そしてここに、魔王クラスが加わったら、どうだ――?


「レトラスの支配者は、軍を使える男だ」

「それがどうした? 軍の一つや二つ、丸飲みにして――」


 せせら笑うタタラギリムの言葉は、途中で止まった。大きく響く地響きによって。


「と、頭領!」

「何じゃ、騒々しい!」


 身をくねらせ慌てた様子で這って来たのは、一匹の水蛇。擬人化も出来ない、サイズからしてまだ若そうな雄だった。声からして。もしかしたら違うかもしれない。


「魔人が! 魔人の軍が――!」


 言葉の全ては言えなかった。飛んで来た風刃が、ごとりと報告を上げていた水蛇の首を落としたからだ。


(今の、風斬(エアスラスト)――!?)


 精霊魔術だった。けど、襲撃は魔人だと言っていたはず。魔人がまだ精霊魔術を使えるのか?


「駆除しに来たぞ、汚泥に塗れたゲテモノ共」


 良く通る声で宣言した騎士が一騎、抜かるんだ地面をものともせずに、ためらわず水景殿の中枢に突進して来た。その直線上にいるのは、タタラギリム。

 騎士が乗っている馬は全体的に深い青色をしていて、鬣は液体のように動きに合わせて跳ねて、水滴を飛び散らせた。これは実際に、液体なんだろう。


「水棲馬!? 何故――!!」

「蛇よりは馬の方が、まだ頭があるらしい」


 交渉を続けていたのは、水蛇族だけじゃないって事か。

 いや、この言い様からすると、水蛇族の方はもう諦めていた可能性もある。ただ水景殿に入るのに、水棲馬を飼い慣らすだけの時間稼ぎと油断を誘うために、交渉の使者を送り続けていたんじゃないだろうか。


 馬上の男が手に持った剣はフィレナのものと同様、刀身がエレメントの薄青い光を放っていた。

 男の年齢は二十歳に乗るかどうかといった所。金髪と青い瞳の、ややきつめだが気品のある整った顔立ち。


(――似て、る……っ)


 何となくだが、直感的にそう思った。


「俺に従わない種は不要だ。さっさと歴史に消え逝け、化石」

「ほざけ、人間如きが!!」


 吠えたタタラギリムが男を真正面から迎え撃つ。突進の勢いも利用して突き出された剣を鉾の棹で受け、弾く。そして互いに刃を打ち合わせ――拮抗した。


 ――拮抗してるぞ、あの馬鹿力と! 男の方も、結構重度の魔人だ。最低でも、魔神だろう……!


「姉様!」


 タタラギリムへと加勢しようと、妹の一人が動く。タタラギリムは止めない。ただ唇が笑んだだけ。

 しかし直後、横合いから現れた、やはり水棲馬に乗った騎士に一撃で首を斬り落とされ、絶命する。


「一人で前に出過ぎよ、リオン」

「俺は問題ない。それは――」


 現れた女性騎士の方を見もせずに、リオンと呼ばれた男はタタラギリムと競り合っていない左手を明後日の方へと向けて、軽く振った。

 そこにいたのは、もう一人のタタラギリムの妹。今度は魔力の水の刃で首を斬り落とされ、こちらも一瞬で絶命する。


「お前だ、エレネア」

「あら。本当」


 死んだ妹の鉾の刃先は、エレネアに向かっていた。しかしそれもどうでもいい事のように、とぼけた答えでリオンに返す。

 こっちの女性騎士も、似てる。絶対に血の繋がりがある事を他人に思わせるぐらいには、似てる。二人共。


(リオン……っ)


 もしそれが愛称であるのなら、この男はおそらくディードリオン・レク・レトラス――フィレナの兄、だ……っ。


 そしてきっと、女性騎士の方は姉だろう。名前を聞いた事はなかったが、エレネア、か……。

 ディードリオンが先陣を切って物の数分しない間に、傾れ込んで来た魔人の軍によって水景殿の水は瞬く間に赤く染まった。


 まだ絶命しきれず、ひくひくと全身を震わせる水蛇たちが、そこら中で尾を痙攣させ、泥を叩く。

 一人では、どうにもしようのない数の、魔人達。魔人の多くはタタラギリムの足元にも及ばないだろうが、しかし普通の水蛇には脅威の相手。


 妹二人を一瞬で失い、そしてディードリオンとエレネアに足止めされ、成す術なく蹂躙される己の住処の有様に、言葉を失い驚愕に震えたタタラギリムが、我に返る。


「貴様等ァ――ッ!」

「無理だ、止せ……!」


 見た感じ、タタラギリムとディードリオンの力は拮抗してるっぽいが、エレネアもまた、殆ど同等の魔気を感じる。二対一での結果など、火を見るより明らかだ!

 しかしタタラギリムは止まらない。止まれないんだろう。俺の言葉が耳に入るはずもない。


「ライラ!」

「はい、陛下!」


 ライラの言った『陛下』の言葉に、タタラギリムに向かっていたディードリオンの視線がはっとして初めて俺達へと向けられた。


「お前が――……」

「死ね、魔人!」


 ディードリオンが見せた隙を逃さず、タタラギリムが襲い掛かる。しかし振り向いたディードリオンの剣が鉾を受け、横からエレネアががら空きの胴へ向けて剣を振るう。


 ギン、と硬い音を立てて、エレネアの一撃は俺がライラで受けた。受けた、が軽く吹っ飛ばされた。くそ、もう堪えようもないぞ、ここまで魔人化進むと!


 そのままタタラギリムにぶつかって、しかし幸いと言うべきか、それで二人共ディードリオンとエレネアの刃を避けられた。


「お前が皓皇か。行動が早いな」


 馬上から俺を見下ろし、ディードリオンが無感情にそう言った。

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