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02 : 魔法と魔法書


 世界には、不思議な力が満ちている。

 破壊する力、人の心に触れる力、自然と関わる力、癒す力。未だ全てを解明出来ていない、不思議で不自然なモノ。それを人はひとくくりに≪魔法≫と呼んだ。


 魔法師。それは魔法を扱うことが出来る、ある意味で世界に選ばれた存在を示す名である。







 西の大陸の内陸にある王国トレノベイナの王都トレン。そこに在る名門の王都魔法学院、通称『学院』の一箇所では騒ぎが起きていた。

 『ある物』を借りていた生徒がその貸し出し期限を守らず、それを原因として植物が異常繁殖を起こしていた。

 ただの植物の繁殖だけならば学院内で対処できたのだろうが、如何せん植物は植物でも大きさがまるで違っていた。


「なんか植物がうねってるー!?」

「つ、捕まった……」


 と、一部の生徒が植物に絡み取られ。


「燃やしても燃やしても出てくるんだけど……っ!」

「いやー! お母さーん助けてー!」

「女神セーレンシェア様、私達に救いの手を下さいぃぃぃぃ」


 また一部の生徒は植物によって一室に閉じ込められた。


「『火球よ』――って、え?」

「アクランド先生が攫われた!」

「えー!?」


 生徒を救おうとした講師は植物に攫われて、行方不明となった。


「呪詛なら効くかな」

「え……いや止めろ止めて止めてこっちも聞こえんだろうってが止めてくださいお願い!」


 別の場所では呪詛が流れる。

 呪詛が聞こえた者は苦しみ始め、その生徒の周りは誰一人として立ってはいられなかった。


 こうして一部では人災も起きたりと、元々賑やかな学院内部では何時も以上に賑やかな様子を見せていた。


 そこに、2人の男女が姿を現した。

 学院の騒ぎにどう対処していいものか頭を抱えていた講師陣は、唐突に現れた2人をきつい眼差しで見つめた。これ以上厄介ごとはごめんである。

 だが視線のきつさなど気にも留めず、女――シャロンは胸元から1つの手帳を取り出した。

 右端には薔薇、左端には黄金で彩られた林檎の実が書かれており、その周りを蔦が覆っていた。それは司書のみが持つ彼等の身分証である。


「図書館の者です」


 この街で図書館といえば1つしかない。それを知っている講師達は目を輝かせた。

 反対に、そんな目で見られたシャロンは一歩後退って身構えてしまう。その熱の篭った縋るような目が、先程のオズワルドとは違う意味で怖い。


「アリンネヴィアの司書様ですか!」

「様!? ええ、はいそうですが」


 それなりに長い間司書をやっているシャロンであるが、プライドが山のようにお高い王都の魔法師に様付けで呼ばれる事など、数回しかなかった。

 要はそれだけ困っているということなのだろう。だがどう困っているか聞きたくない。ついでにここから逃げてしまいたい。

 薄情だと罵られようとも、シャロンとてただの人間なのだ。危険に近づきたくはないという本能が働いても仕方がない。だがその本能を押し込めて彼女は口を開いた。


「それで、問題の魔法書とその契約者はどこにいるのですか?」

「……それが」


 その後を口に出来ず、どもった講師が目線で示したのは、蠢く植物だった。


「あの中に、魔法書も生徒もいます」

「あれは食虫植物か。おや、生徒が食べられているということはあれは肉食なんだね」

「うわぁ」


 今まで後ろで黙ってシャロンと講師のやり取りを聞いていた男――オズワルドののんびりと呟いた感想に、シャロンは頭を抱えた。


 食虫植物。大雑把に纏めれば、食虫という習性を持っている植物の総称である。

 シャロンの働いている図書館に置いてある植物図鑑にも、当然食虫植物の事は載っていた。

 葉や茎などが捕虫器官になっており、獲物をおびき寄せ、捕らえ、消化吸収する能力を持つ。文字通り虫を食べる植物のはずが、目の前の植物はなんと学院の生徒を捉えているという。


 植物が異常繁殖をしている中央に、件の食虫植物は存在していた。

 鮮やかな黄色い花を咲かせているが、如何せんその花を咲かせている栄養源が学院の生徒である以上、綺麗とはお世辞にも言いがたかった。


 食虫植物はまだ栄養が足りなかったのか、次の狙いをシャロン達に定めたようでこちらへと迫っていた。

 生徒達どころか自分達の命の危険を感じ取った講師達は、こぞってシャロンの足元に寄って来た。


「し、司書様助けてください!」


 大の大人達が縋りついてくる様は視覚的に大変よろしくはなかった。思わず否定的な言葉を言ってしまいそうになり、彼女は溜息一つで飲み込んだ。


「分かりました。分かりましたから、これ以上近寄ってこないでください」


 縋りついてくる講師達を押しのけ、シャロンは前に進み出た。

 その右手首には、ブレスレットが存在していた。鎖をつないで輪にした形状の物で、細やかな細工の施された飾りが、彼女が動く度に涼やかな音を奏でた。


 蠢く植物の前にまで進んできた彼女は、右手を植物へと突き出した。

 その手に持つのは先程の手帳である。


「アリンネヴィアが司書、シャロン・オーリオウルの名において命じる」


 世界には、不可思議な力が満ちている。

 それらを総称して人は魔法と定めた。

 それらを扱える人種を人は魔法師と定めた。


「銘≪植木の書≫」


 魔法師は不可思議な力の事を子孫へ残す術として、魔法に関する知識、魔法円やシジル等のデザインが記された書物、奥義を記した古文書を残した。それら魔法師が力を込めた物には時折、作った魔法師すら思いつかない不可思議な力が宿った。

 扱う者へ計り知れない恩恵を与える、人智の及ばない力を持った書籍。人はそれらを魔法書(グリモワール)と定めた。


「契約者による上位命令を停止」


 魔法書だろうと本は本。

 本は本のあるべき場所へ。

 それらを1ヶ所に集め管理をする。それがアリンネヴィアという女神の名を冠した図書館の役目。


 シャロンの言葉が紡がれていくほどに、淡く光っている手帳の光が強まっていった。

 手帳を視界の隅に収めながら、彼女は宣言した。


「第五席の権限において即排除せよ」


 その瞬間、こちらへ迫ってきていた植物の一部が、淡い光を放ちながら消えていった。


 シャロンの後ろで固まっていた講師達は、自分達がどうやっても出来なかった事を容易く行った彼女を見上げながら呟いた。


「……これが、アリンネヴィアの番人」


 魔法書を人に悪用されぬよう、女神の名を冠した図書館で管理をする。

 図書館の管理人であり、番人。それが、アリンネヴィアの番人として存在する、司書が追う責務である。




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