サイレントはお好きですか? ~調査書は書いた者負けですわ~
世の中には、責任を取る人と、責任を動かす人がいます。
多くの人は前者でしょう。
ですが、ごく稀に後者が存在します。
「それはわたくしの仕事ではありませんわ。」
「得意な方がおやりになればよろしいのです。」
本人に悪気はありません。
むしろ、効率的だと信じています。
もし責任そのものを誰かへ渡せる力があったなら。
もし疲労や信用まで自由に動かせる力があったなら。
世界はどうなるのでしょう。
今日も悪役令嬢リリアーナは、静かにその一言を口にします。
「Silent。」
世界はまた少しだけ書き換えられます。
……もっとも。
最近のSilentは、変更するだけでは終わらないようですが。
サイレントはお好きですか?
王国商会には、誰もが口にしない掟があった。
「欠陥魔導具は、壊れたことより、その後の方が恐ろしい。」
原因究明。
再発防止。
王国への報告。
取引国への説明。
そして――
責任者探し。
そのすべてを担う者がいる。
真理監査官。
真実だけを書き記す者。
誰かを守ることもなければ、陥れることもない。
ただ、事実を記録するだけの役職だった。
……本来は。
⸻
その日。
王国商会へ、一つの欠陥魔導具が届けられた。
真理監査官は刻印を確認する。
「製造国……。」
「リリアーナ王国。」
隣にいた渉外官が苦笑する。
「今日も長くなりそうですね。」
「覚悟はしています。」
真理監査官は静かに伝令水晶を起動した。
⸻
「リリアーナ様。」
「おはようございます。」
優雅な声が返ってくる。
「ごきげんよう。」
「今日はどうされましたの?」
「欠陥魔導具が見つかりました。」
「原因究明羊皮紙の作成をお願いいたします。」
沈黙。
数秒後。
「……なぜですの?」
真理監査官は瞬きをした。
「製造されたのは、そちらの王国です。」
「ええ。」
「でしたら。」
「原因をご存じなのも、そちらですよね?」
「ええ。」
「ですので。」
「原因究明羊皮紙を――」
「それは。」
リリアーナは優雅に紅茶を飲みながら言った。
「真理監査官のお仕事でしょう?」
「…………。」
空気が止まった。
「ですが、原因はそちらしか……。」
「知っておりますわ。」
「でしたら……。」
「知っている者が書けば、主観になりますもの。」
「客観的に。」
「そちらでお書きくださいませ。」
真理監査官は目を閉じた。
(今日は長い。)
⸻
同じ頃。
工房。
ヴァルゴアは弟子からその話を聞いていた。
「ボス。」
「また始まりました。」
ヴァルゴアはレンチを置き、鼻で笑う。
「今日は誰が犠牲や。」
「真理監査官です。」
「……。」
「かわいそうに。」
そう言ったあと、小さく付け加えた。
「まあ、今日”は”やけどな。」
⸻
真理監査官は諦めずに話を続ける。
「リリアーナ様。」
「王国へ提出する書類です。」
「誰が作ったかではなく。」
「誰が原因を知っているかが重要です。」
リリアーナは笑顔で頷いた。
「その通りですわ。」
「原因を知っているのは、わたくしたちです。」
「はい。」
「ですから。」
「そちらでお書きください。」
「…………。」
「なぜですの?」
「知っているからですわ。」
真理監査官は頭を抱えた。
理屈が一周している。
⸻
その時だった。
リリアーナは静かにカップを置く。
「Silent。」
世界が、一瞬だけ静かになる。
誰にも聞こえない。
誰にも見えない。
世界の記録だけが、音もなく書き換えられていく。
⸻
Command accepted.
新機能を起動します。
⸻
リリアーナは微笑んだ。
「責任マイナス。」
⸻
対象を確認。
リリアーナ王国。
責任値 -5
移動先を検索……
真理監査官。
実行します。
⸻
真理監査官は目を丸くした。
「……あれ?」
「私が書くべき……でしょうか?」
さっきまでの確信が揺らぐ。
「原因究明羊皮紙は……。」
「私がまとめた方が早い……?」
リリアーナは微笑んだ。
「そうですわ。」
「最初からそう申し上げております。」
⸻
さらに。
「Silent。」
「疲労マイナス。」
⸻
Command accepted.
リリアーナ。
疲労 -3
移動先。
渉外官。
⸻
数秒後。
廊下を歩いていた渉外官が急に立ち止まる。
「……なんや。」
「急に肩重なった。」
「昨日ちゃんと寝たんやけどな……。」
本人は理由が分からない。
ただ、ものすごく疲れた。
⸻
リリアーナは満足そうに頷く。
「素晴らしいですわ。」
「では最後に。」
「説得力プラス。」
⸻
Command accepted.
説得力 +4
⸻
真理監査官は少しだけ考え込み……
「……確かに。」
「提出期限は今日。」
「ここで議論するより、私が書いた方が早いですね。」
リリアーナは満面の笑みになる。
「ナイスですわ。」
「Silent。」
「やはりあなたは最高ですわ。」
⸻
その頃。
工房ではヴァルゴアが大笑いしていた。
「またSilent使いよったか!」
弟子が首を傾げる。
「なんで分かるんです?」
ヴァルゴアは笑いながら工具を持つ。
「リリアーナの話が通る日はな。」
「世界の方がおかしなっとる日や。」
工房中が笑いに包まれた。
……ただ一人。
真理監査官だけを除いて。
……真理監査官は結局、原因究明羊皮紙を書き上げてしまった。
羽根ペンを置いた瞬間だった。
「……あれ。」
違和感が残る。
「なぜ私が書いているんだ?」
確か原因を知っているのは――。
「リリアーナ王国……。」
頭では分かっている。
しかし、心のどこかで「自分がやるべき仕事だった」と思い込んでしまっている。
Silentの改変は、世界そのものを書き換える。
だからこそ、恐ろしい。
⸻
一方その頃。
リリアーナは上機嫌だった。
「ほら、ご覧なさい。」
「最後は皆様が協力してくださいましたわ。」
侍女が恐る恐る尋ねる。
「ですが……原因究明羊皮紙は、本来リリアーナ様の王国が……。」
「違いますわ。」
「皆様には得意不得意がありますもの。」
「得意な方がすればよろしいのです。」
侍女は黙った。
それ以上話しても意味がないことを知っていた。
⸻
そこへ渉外官がやって来る。
目の下には濃い隈。
足取りも重い。
「リリアーナ様。」
「真理監査官が原因究明羊皮紙を提出しました。」
「まあ!」
「さすがですわ!」
「わたくし、人を見る目がありますの。」
渉外官は心の中だけで呟いた。
(違う……。)
(書かされたんや。)
⸻
さらにリリアーナは続ける。
「そうですわ。」
「今回の件は、渉外官のおかげということにしておいてくださいませ。」
「……はい?」
「皆様も安心なさるでしょう?」
「いえ、そういう問題では……。」
「Silent。」
世界が再び静まり返る。
⸻
Command accepted.
信用プラス。
対象。
リリアーナ。
+6
⸻
信用マイナス。
対象。
渉外官。
-3
⸻
渉外官は突然、周囲から怪訝な視線を向けられた。
「あれ?」
「渉外官、今回ちゃんと伝えてたんか?」
「説明不足ちゃう?」
「……え?」
さっきまで何も言われていなかった。
それなのに、空気だけが変わっている。
リリアーナは優雅に微笑む。
「ありがとうございます。」
「皆様、ご理解いただけたようですわ。」
⸻
夕方。
工房。
ヴァルゴアはその話を聞き、大きくため息をついた。
「また世界ねじ曲げたんか。」
弟子が苦笑する。
「Silentって便利ですね。」
ヴァルゴアは首を横に振る。
「便利ちゃう。」
「恐ろしいんや。」
「せやけどな……。」
工具箱を閉じながら、小さく笑う。
「最近のSilent、前より素直ちゃう気がする。」
⸻
その夜。
リリアーナは屋敷へ戻り、満足そうにソファへ腰掛けた。
「今日も丸く収まりましたわ。」
「わたくしのおかげですわね。」
誰にも聞こえない場所で。
Silentが静かに起動する。
⸻
日次処理を開始します。
本日の改変履歴を照合します。
⸻
責任変更。
1件。
⸻
疲労変更。
1件。
⸻
信用変更。
1件。
⸻
世界の整合性を確認。
⸻
不整合を検出しました。
⸻
日次補正を開始します。
⸻
リリアーナは気付かない。
眠そうに紅茶を飲んでいる。
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責任。
+1。
(返却先:リリアーナ)
⸻
疲労。
+2。
(返却先:リリアーナ)
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「……あら。」
急に肩が重い。
「今日は少し疲れましたわね。」
⸻
信用。
-2。
(対象:リリアーナ)
⸻
翌朝の予定。
王国査問。
追加説明。
原因究明。
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不信感。
+4。
(対象:リリアーナ)
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真理監査官の違和感。
+1。
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渉外官の我慢。
-3。
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ヴァルゴアのツッコミ。
+5。
⸻
補正完了。
⸻
翌朝。
真理監査官は昨日書いた原因究明羊皮紙を読み返していた。
「……。」
「おかしい。」
「なんで私が書いてるんだ?」
昨日は気にならなかった。
しかし、一晩経つと違和感だけが残る。
渉外官も呟く。
「昨日……なんかおかしかったよな。」
「俺、悪くなかったよな?」
二人は顔を見合わせた。
「……Silent?」
もちろん、その名を知る者はいない。
ただ、世界のどこかで何かが動いた。
そんな感覚だけが残っていた。
⸻
一方その頃。
リリアーナは朝食を楽しんでいた。
「今日も忙しくなりそうですわ。」
「でも皆様が助けてくださいますもの。」
そう言って紅茶に手を伸ばいた瞬間。
カップがわずかに傾き、ドレスに紅茶がこぼれた。
「あらっ!」
リリアーナは眉をひそめる。
「最近、小さな不運が続きますわね。」
誰にも見えない場所で、Silentが最後の記録を残した。
⸻
【Silent Log】
本日の改変件数 3件
責任変更 1件
疲労変更 1件
信用変更 1件
日次補正 正常終了
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本日の収支
責任 ±0
疲労 -1
信用 +4 → +2へ補正
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本日の一言
「借りた責任は、返却期限が過ぎる前にお返しします。」
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リリアーナは小さくため息をつく。
「Silent。」
「慰めプラス。」
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Command accepted.
履歴を照合します。
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本日の補正直後です。
過度な連続使用は推奨されません。
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却下します。
⸻
リリアーナは口を尖らせた。
「最近のSilentは、本当に生意気ですわ。」
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Silent。
学習完了。
日次補正精度 +1
皮肉機能 Lv.4
世界は今日も静かに書き換えられる。
そして、その歪みは、誰にも知られないまま少しずつ元へ戻っていく。
リリアーナだけは、そのことにまだ気付いていなかった。
後書き
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回もSilentは便利な力ですよね。
責任を減らして。
疲れも減らして。
信用まで増やせる。
リリアーナからすれば、まさに夢のような能力です。
……昼間までは。
ですが、Silentは願いを叶えるだけの存在ではありません。
世界の記録を管理する存在です。
誰かから奪った責任は、どこかに残っています。
誰かへ押し付けた疲労も、消えたわけではありません。
世界は、借りたままでは終われない。
だから夜になると、Silentは静かに帳尻を合わせ始めます。
まだ補正は小さなものです。
リリアーナは「最近ツイていないですわ」くらいにしか思っていません。
けれど、その補正は毎日少しずつ積み重なっていきます。
そして、いつか必ず。
借りたものは、すべて返す日が来ます。
ちなみに今回、一番の被害者は真理監査官でした。
真実を記録する仕事なのに、真実を書けなくなるとは……。
心よりお疲れさまでした。
そして渉外官も、本当にお疲れさまでした。
毎回のように胃を痛めていますが、まだ彼は知りません。
Silentの日次補正のおかげで、少しずつ世界は元に戻り始めていることを。
さて、次にリリアーナは何を「プラス」し、「マイナス」するのでしょうか。
そしてSilentは、どんな皮肉で一日を締めくくるのでしょうか。
また次のお話でお会いしましょう。
サイレントはお好きですか?




