【TS】バレンタインの日
2月14日。
いわゆるバレンタインデー。
意気消沈して帰宅した私はそのままお隣さんへ突撃した。今年こそは、と祈りを込めて。
「クソがーーーーっ!!!如月、てめっ、またこんなにチョコ貰ってんのかよ!?!?」
祈りは届かなかった。
やはりこの世に神なんていない。
私はあらん限り吼えた。ガクガクと幼馴染の肩を揺さぶりながら、悲痛を込めて叫んだ。
残念ながら現在の非力ボディではあまり揺さぶることが出来ず更に悔しい。なんだこいつ。調子に乗ってるだろ!おい!
如月はめんっどくさそうな顔をしながら着けていたヘッドホンをズラした。
「うるせえ馬鹿」
「私に一個でもいいから分けろよぉ……!!!」
「え、なに、泣くなよ。チョコ食いたいなら好きに食えば……?」
「ちっっっげぇよクソがぁ!俺も!女の子から!チョコ!貰いたいっつってんの!!!」
「あぁ……」
「その呆れた目やめてくれる!?こっちは本気なんだけど!?」
「はいはい、いいからこれでも食って落ち着きなよ」
いかにも本命そうにラッピングされた可愛い包装紙を雑に破いた如月(は?許せない)が、これまた雑な仕草で俺の口にチョコをぶち込み、強制的に黙らせてきた。
その際に指が少しだけ俺の口の中に入り込んで唾液が付着してしまったらしく、心底嫌そうに顔を歪めながらウエットティッシュで拭いていた。ざまあみろ。
何か言いたげに見られても謝らんからな!
女の子の可愛くて本気でぴゅあぴゅあなチョコに罪はない―――例えそれが目の前の朴念仁幼馴染に渡されていたとしても。血涙が出そう。
俺はじっくり口の中でココアパウダーが掛けられたトリュフチョコを溶かして味わいながら(女の子が作ったって味がして美味い)、自分もひとつ口に含んだ如月を眺める。二口程度でバリボリと食い切ってやがる。もっと味わって食えボケ。
……いや、これが強者の余裕ってやつなのか?俺は戦慄した。
こんな、ただ顔が良くて頭が良くて運動もそれなりに出来て何事にもフラットでなんだかんだ優しい男がモテるなんて間違ってる……!!
こいつ虫苦手だしホラーもあんま得意じゃないんだぞ!咄嗟に頼れないだろ!あと一応女の子であるはずの俺の扱いも雑だし基本的に女子への対応がなってないのに女の子たちはこの男のどこがいいんだ、マジで。クールで良いって何?
首を捻りながらも、残念ながらチョコは口の中から無くなってしまう。甘い余韻だけが舌先に残り、ほろりと涙が出てしまいそう。チョコ、俺も欲しかったな……。
しんみりしても幼馴染は何も反応してくれない。薄情なやつめ!
今開けたチョコレートの中身は四つ入りだったらしく、二つ目を頬張っている如月に向かってラストひとつを強請るように口を開いた。
俺に献上せよ。ほれ、あーん。
「如月、あ」
「自分で取れば」
「いや、今お前の指にもうココアパウダー付いてんだからお前が取った方が手洗う手間が減るだろ。バカ?」
「バカはお前だ馬鹿」
とか言いつつ口に入れてくれるんだからチョロいですなガハハ!
あー虚しい!こいつが良い奴だと虚しくなってくる!
俺は悲しみと怒りに任せてトリュフチョコを思い切り噛み砕いた。
あ、あぁ……貴重(というわけでもない、目の前に山積み)なチョコが……。
やっちまったなぁと思いつつ飲み込む。ごくん。
「お前がもっと悪いやつだったら良かったのに。そしたら本気で憎めた……」
「さっきからずっとアホなことしか言ってないね」
「だっでぇ゛!チョコ貰えなくてぇ!」
べしょべしょの泣き真似をすると、如月は「毎年のことなのに」と言いたげな顔を、いや今こいつ言ったな!?
毎年貰えないから余計に悔しいんだろうがぁ!
「チョコ自体は今食ってんだからいいじゃん。ダメなの」
「かーっ、如月はこれだからわかってねえなぁ」
「椿よりはチョコ貰ってるけど。何?一個だっけ?あ、ゼロ?そんな人いるんだ、へー」
「…………ライン越えだろそれはぁ!」
襟首を掴んで揺さぶると「伸びるからやめろ」と払われてしまった。俺……興奮してずっと間違えてた、私はぺしゃりと床に座り込んだ。気持ちは悲劇のヒロイン、いやヒロインはいいや。私はヒロインを愛でたいんだよ。つまりヒーロー。オーケー?
そんな私を尻目に如月は棚の上に適当に置かれていた紙袋を手に取って戻ってきた。
「ほら、いつものやつ。これで1個貰えてよかったね」
「ありがとー、でも野郎から貰ってもなー、如月が女子だったらなー」
「要らないなら別にいいけど」
「要らないとは言ってねーじゃん」
「じゃあうだうだ言うな。あのな、そういうこと言ってるからチョコは貰えないし女子とも仲良くできないんだよ。素直に受け取れ」
「ヴッ、わかってるよぉ…………ごめんね、如月?如月にしかこんなこと言わないんだよ?ほんとだよ」
「はぁ…………」
渾身のきゅるきゅる謝り顔を披露したはずが、でっかい溜息を吐かれてしまった。まあいつものことなので気にしないでええやろ。
私はわくわくしながら紙袋から中身を取り出す。如月と違って私は優雅で清楚なのでね、雑に破くなんてことはしないんだよ。ほーら、こう、きれ、綺麗に……切れねえなぁ!クソが!
「ハサミ」
「あれ、そんなぴっちり梱包してたっけ」
「ぴちぴちのキチキチですけど」
「ごめんね」
「ふん、謝ったから許してやるよ」
「椿のそういう上から目線ほんとに良くないよ」
「ねえなんか今日の如月チクチクじゃない!?私をもっと甘やかしてよ!」
「甘やかしてるから毎年チョコあげてるんだけど」
「ありがとね!!!今年何作ったの?」
「ブラウニー。好きでしょ」
「えへへ、うん、だいすきっ!」
「…………あっそ」
もう心からニコニコしてしまうね。私、如月が作るお菓子だーいすき!だって好みドンピシャなんだもん。正直如月が貰ってくるどんな女子のチョコよりも美味い。悔しいから言わないけど。こいつ自分で作れるのに貰うのなんなんだよって怒りが再燃してきてしまうからね。いや本当に何でだよ!あ、やばい抑えねば。
すうはあ深呼吸する情緒不安定な私はいつものことと言わんばかりに華麗にスルー。
ハサミを持ってきた如月はギチギチに梱包された箱を取ると、シャキシャキ刃を入れて開封してくれた。
肩口から覗き込むと、そこにあったのは私の食欲と映え意識をこれでもかと刺激するブラウニー。超美味そう。ナッツ入れてくれてるの嬉しすぎるんだけど!
しっとり滑らかな断面なんか、もう見てるだけでやばいね。
感極まった私はどんっと如月を床に押し倒した。ふはは、油断してる人間なんてこんなものよ。弱さは悪!あ、ごめん頭ぶつけちゃった?別になんもない?無事ならいっか。
改めてマウントポジションを取りながら、位置を微調整して両足で固定。腹の上でびしっと指を突きつけた。
如月は死んだ顔をしている。
「如月っ!」
「なに?」
「毎年ありがと!」
「はぁ。どういたしまして…………あの、退いてほしいんだけど。これが感謝してる人間のすることなの」
「大好きだよ!」
「…………」
反応が薄かったので手でハートを作りながら「もえもえきゅーん」と付け足してみる。
こいつに投げたのはライクビーム、本気のラブビームをいつか付き合った女の子から食らってみたいんだけどなぁ!付き合ってくれる女の子がいないんだよな〜!?なんで!?
如月の顔が困惑で彩られる。
「なぜメイドカフェ」
「え、男なら喜ぶじゃん」
「これで喜ぶのは椿だけだよ」
「偏見!私以外にも喜ぶ人間がいるからコンテンツとして確立してるんだって。で、まあ大抵の男は好きだから如月も好きでしょ?」
「雑すぎる括りだね」
「もーっ、反応うっすいんだけど!もっと欲しいってこと?欲しがりさんめ!ほれ、チュッチュ。美少女の投げキスだ、おら」
「いや、別にありがとうって言ってもらったからもうそれでいいよ。というか退いてくれるのが今は一番嬉しいんだけど」
私がこんなにも感謝を示しているというのに反応が薄くてつまらん!だからまだ退きたくない!
もっとなんかないかーと頭をうんうん捻ったあと、ぽむと手を打った。
「あ、思い出した。ASMR?だっけ?それやってやるよ。好きだったよね?」
「…………はっ?」
「前スマホ借りたとき履歴にあったぞ」
「履歴があるわけないんだけど」
「えぇ、あったって。なんだっけ、んー、んぅー、んん〜〜〜、そうだ!『普段は騒がしい幼馴染がしっとりとろあま……」
「黙れ黙れ」
タイトル名を喋ろうとしたら、がっと下から口を思い切り塞がれる。危うく舌を噛むところだったぜ。セーフ!
きょとんとする私とは裏腹に、見るからに目が泳ぎ冷や汗をかいている如月。
息できないのは嫌なので指を剥がすと、大した抵抗もなく外れた。
「如月ー?」
「えっはっ、えっ?あるわけないんだけど。履歴消してるしそもそもシークレットタブだし、えっ?」
「でも私見たもん」
「いいから椿はちょっと黙ってて」
「あ、照れてる?照れてるな?ふふん、普段は澄ました顔をしてるが如月も一人の男ってことだ!お気に入りのエロコンテンツがあるのはなんら恥ずかしいことじゃないぞ!」
「いやエロくないけど」
「ええー、なんかサムネがえっちかった記憶ある」
「記憶違いだよ、絶対」
「そうかなぁ?まあいいや、今ノッてるからASMRやってやるって。ほれほれ、美少女ぞ?美少女の生ASMRを受け取れい」
「おいっ、押し売りやめろって…………」
思ったよりも如月の反応が良くて、これはご奉仕精神も高ぶるというもの。悪ノリとも言う。
ASMRって聞いたことないけどなんとかなるっしょ!耳元で囁けばいいはず!たしか!
私の長い髪の毛が顔にかかってしまわないように耳へ掛けながら後ろへ流し、上半身をぺたりと倒して、如月の耳に唇を近付ける。太ももの下から筋肉がガチガチに緊張しているのが伝わってくる。これは喜んでいるな!(ガバ判定)
まずはと思って、ふぅーと細く息を吐きかけてみると、俊敏な動きで思い切り耳を塞がれてしまった。こっちはマウントポジションを取っているはずなのに……!やるな!?
下からじっとりと睨めつけられるが、こんな眼差し生まれてから何回浴びてきたと思っているんだ。全く怖くないね!
「椿、ほんとにやるの」
「うん。面白いし」
「面白がってるだけならやめてよ…………」
「えー、でも好きなのは本当なんだろ?別に減るもんじゃないじゃん。いや、私の声が嫌だって言うなら流石に退くけどさぁ」
「…………椿は良い声してると思う」
「うん。前言われたから知ってる」
「え、そんなこと言った?」
「言ってた言ってた。それでその時にASMRも教えてもらった」
「記憶ないんだけど」
「去年如月が熱でダウンしてた時だもん」
如月が熱で朦朧としながら、なんか寝るときにASMRを聞くと心穏やかになって安眠できるとかなんとか言ってた気がする。その時は興味なかったって言うか熱あるんだったらさっさと寝ろってしてそのまま忘れてたけど、案外私の脳が覚えていたみたいだな。
流石、頭脳明晰な私!
「熱のときの俺の馬鹿野郎……」
「思い出したからやらせてよー、ねえねえ、如月ぃ」
「いや、でも、お前、…………はぁ。いいよ、ちゃっちゃとやって終わらせてくれ」
オーケーサインが出た!
やったぜ!
「リクエストあったら聞くけど?」
「無い」
「では、早速………………」
こほん、と喉調整。耳に声を流し込むように、限界まで近寄せて手を添える。
『きさらぎ、緊張してる?ふふ、体ガチガチだね』
普段の私が出さない繊細で優しそうで甘ったるい声音。
吐息多めのそれに若干喉がぷるぷるする!それでもしっとりとろあまってやつをやってやりますよ!
演技派の私にまかせろ!
ふふん、そんな風に強く目を閉じてていいのかな!?こっちの主戦場は聴覚だぞ、覚悟することだな!
『あのね、今日は、いつもありがとうを言いたくて。
ちょっと強引だったかな?
でも、きさらぎは、いつも受け入れてくれるから。
私、たくさん甘えちゃってるよね』
最初は下手に出て、殊勝な態度を見せる。
ところどころ発音を曖昧にして、とろあま感を出すぞ!
『さっきも、ブラウニーくれたよね。
ほんとに、嬉しかったよ。
えへへ、伝わってる?
私の好きなもの、ぎゅうって、詰め込んであって。
きさらぎの愛が、伝わってきたから。
すっごく、すっごーく、嬉しいの。
私が何しても、変わらず接してくれて。
いつもやさしいよね。
そういうとこ、好きだよ。
だいすき。ね。
つたわってる、かな?』
チョコを貰って嬉しかった感情を増幅増幅ぅ!
如月なんて私とずっと一緒にいるんだから、私のこと好きに決まってるやろガハハ!
決めつけてもかまへんかまへん。
うーん、それにしても私ってしゅきしゅき演技上手すぎ?女優になっても大成したかもしれない。流石私!なんで彼女ができないんだ!?
『いままでも、ずっといっしょだったけど。
来年も、再来年も。
その先も。何年たっても。
ずっと、ずうっと。
いっしょに、いよ?』
ここはガチだからしっとりもひとしお。
私たち腐れ縁だもんな!?如月に離れられたらひとりぼっちになっちゃうから絶対離さないからな……!?永遠にしがみついてやるよぉ!
そんで毎年チョコをくれ。役目でしょ。
『きさらぎは、かっこいーから。
バレンタインは、いつも、囲まれてるけど。
ほかの、女の子からのチョコ。
もらわなくても、いいんだよ。
たまには、やだってしてもいいんじゃない?
ふふ、私以外のこと、かんがえないで、ほしいなって。
嫉妬、だよ。
わかるかな、ね』
嫉妬ではないが、チョコもらうのやめろ!
女の子から貰えるの羨ましすぎる。見てると体調が悪くなってくる、これほんとね。
私に渡すんだし、如月はもらわなくてもいいでしょ。バレンタインは私とだけ過ごしてればいいんだよ!
『でも、嬉しいよね?
だって、私のこと、だいすき、でしょ?
私も、好き。
だぁいすき、だよ』
最後にお前は私のことが好き、と刷り込んで終了!もっと私に従順になれ!
え、私からの好き?しっとりとろあま演技をしてるんだから、好きなんてよゆーよゆー。
はあーっと息を吐きながら身体を起き上げる。
思ったより熱中したからか、うっすら汗かいてしまったな。
「どーよ、如月!すごかったんじゃない?」
ふふん、とドヤ顔。
私がASMRを流し込んでいる間、こいつ微動だにしなかったけど聞いてたのは気配でわかるんだからな!
証拠に、あー、こっちを見る目にどろっと熱がこもってて、頬が赤いね。がっつり照れてるじゃん。照れてるよな、これ。良い反応!これには私もにっこり。
加えて、血流が良くなったのか如月の手のひらはあったかい。ぽっかぽか。
いや、なんで私は今手首を握られているんだろうか。
首を傾げる。
「しっとりとろあまだったよな?」
「…………椿さ、どういう気持ちで好き好き言ってたの」
「とろあまーって気持ち!ドキドキしたろ、ん?ん?」
「ドキドキしたよ。するだろ」
語気も強く吐き捨てられて、ちょっとビビってしまう。
だって、如月はいつも穏やかで、大体なんでも受け入れてくれたし……。
ぺしょりと眉を曲げながら、そっと胸元に顎を乗せた。体重を掛けて起き上がらせないようにする作戦だ!鎮まりたまえー。
「んえ、……怒ってる?」
「怒ってない」
「やだった?」
「嫌じゃなかったよ」
「じゃあなんでピリピリしてんの」
「してないって…………」
顎をくっつけているから、如月が話す度に胸元からびりびりと振動が伝わってくる。ちょっと震えが大きかったので頬をつけて安定させた。心臓の拍動が聞こえる。私と同じ速さだった。
何故か未だに掴まれている手首がちょっと痛いんだが。
こっちは非力系美少女だぞ?加減しろ!
文句でもぶつけてやろうと口を開く。
「あのさぁ」
「なに」
「如月ってもしかして本当に私のことが好きなの?」と、聞こうかと思って、流石に自意識過剰すぎるかと口を噤んだ。てかこれを言ってどうする気なんだ。
私は、俺は、女の子が好きで、今までずっと女の子と付き合いたくて生きてきたんだぞ。それが、男の幼馴染が私のこと好きかもなんて乙女か!?私も好きですなんて言うつもりかよ。
いや今は美少女だけど、心まで女になったつもりはない。そもそも女子の精神だなんて、これまでの言動振り返ってもとてもじゃないが言えやしないだろ。
ずっと男友達みたいな気持ちで接してきたのに、今更都合が良すぎる。
都合がいいって、誰に?
「ブラウニー一緒に食べよ」
結局、日和った私が言えたのはその一言だった。
如月はぎゅっと目を瞑ったあと、「じゃあまず退いて」と疲れきった声で言った。
私は素直に如月の体の上から床に降り、起き上がるのを待った。
起き上がった如月は片膝を立てながら緩く前髪をかきあげて、その隙間から私を見ている。じっとりとしているのに、射貫かれているような強い視線で、体の内側の隅々まで見られているように感じた。
全て見透かされている気がした。
「椿」
「んー?」
如月は口を一度開いて、何も言わずに閉じた。そのまま口元だけで控えめな笑みを象る。
「……フォーク取ってくるよ」
「おっけー、頼む!」
私はからっと笑って、ドアを閉める如月を見送る。パタンと音がしたのを確認してからずるずると崩れるように床に寝そべった。
私が押し倒したから、さっきまで如月が寝転がっていた場所。ほんのり温もりがある。
「…………好きって言ってくるかと思った」
言われたら、どうするんだろうね、私。




