第1話 開始・死神の物語⑤
死神。大鎌。黒の傷んだローブ。
人間の白骨の姿。脚が存在していない。常に宙に浮遊している。
という容姿が想像できる。
――死神、か。
そんなモノが本当に存在するのだろうか。
そのように見えただけの他の何かという可能性もあるが。もしそれが本当に存在していたとしても、していなかったとしても、魔術師が関係していないと言い切るにはまだ早い。
もしかしたらこの学園でも被害者がでるかもしれない。
わたしはこれからどうするべきなのだろう。
◇
一日の授業が全て終わった。
時頃は午後四時半頃。
季節は春。陽の落ちる時間は夏ほど遅くなく、冬ほど早くない。この時間はちょうど薄い橙色が空を覆い始めた頃合いだった。
わたしは今、学園の昇降口で教科書を入れた鞄を手に持ちながらレンちゃんとニコルちゃんが来るのを待っていた。
二人がくるまで多くの人たちが外に出ていき、それぞれの帰り道を歩く。自宅へ帰る人もいれば、わたしのように寮に帰る人もいる。
ちなみにレンちゃんとニコルちゃんも部屋が違うだけでわたしと同じ寮で暮らしている。
「二人とも遅いな」
何をしているのだろう、と誰にも聞こえないくらいに小さく呟く。
そうだ。暇潰しにここから外へ出ていく人の数でも数えてみようか。特に意味はないけれど。
「………………」
結局、六十人程からわからなくなった。
諦めたところでレンちゃんとニコルちゃんがやってきた。
「すまん、待たせた」
そうわたしに言ってきたのはニコルちゃんだ。
ニコルちゃんとはレンちゃんと同じくわたしがこの学園に来てからの良き親友だ。
淡いピンク色の綺麗な髪をしている。顔立ちも整っていて制服姿は一見どこかのお嬢様みたいに見えなくもない。
しかし、いかんせん鋭い目付きと男勝りな立ち振舞いがそれらを台無しにしてしまっている。昼休みの話を持ち出すならカレーライスのルー。つまり、三人の中で一番目立ってる人である。
「いいよ。気にしてない」
そう言って、わたしたちは校舎をあとにした。
帰る人の数も少なくなり、先程の賑やかさはいつの間にかなくなっていた。
寮までは校舎から歩いて約十五分ほどの距離がある。寮は学園の内部にあるのだが、意外と遠かったりする。
寮への道はコンクリートのタイルで敷き詰められていて、道沿いには無数の木々が植えられている。なので、晴れている時は森の中を歩いているような、そんな爽やかな気分になる。
実は学園の敷地内はここ以外の場所も森のようになっていて、上空から見下ろした風景は学園の中に森があるのではなく、森の中に学園があるように見えるらしい。
学園長曰く、自然を大切に、だそうだ。もっと他にも言ってたけど忘れた。たしかに学園外では最近ますます開発が進んでいる。
街中コンクリートだらけ。日に日に木々が少なくなってきている気さえする。だからそういうことも関係しているのだろう。
というわけでそんな森の道を歩いている。
「今日は遅かったね。何かしてたの?」
わたしは二人に訊く。
「授業の内容について先生に質問してたんだよ」
とレンちゃんが答えた。
二人にとってさっきの授業は難しかったようだ。
クラスが違うからどのような内容なのかはよく知らないのだけれども。
「それでも、まだちゃんと理解できてないんだけどな」
ニコルちゃんはそう言い微笑する。
かつかつかつ、と。さまざまな微かに響く足音を背にわたしたちは歩を進める。
「そう言えばまだわたしはよく知らないんだけど部活ってどうなってるの? たしか放課後の練習はできないって聞いたけど」
ニコルちゃんはバスケットボール部に所属しているのだ。もし、平日に全く練習できないのだとすれば、それは大きなハンデになってしまうのではないか? という率直な疑問だった。
しかし予想と反してそうでもないよ、とニコルちゃんが答えた。
「放課後の練習が出来ないのはここだけじゃない。テレジア市街付近の何校かも同じ状況だ。だから大きなハンデなんてないよ。あとはどう工夫して練習するかで変わってくるな。あたしらは単純に放課後出来なくなった分を朝の授業前と昼休みでなんとか補ってる。そりゃ、練習時間は短くなるだろうけど。他もこんな状況でも努力してんだろうし。ここでさぼってしまって、もし負けでもしたら言い訳の余地がないさ」
今日だって昼は練習だったんだぜ、と言う。
知らなかった。昼食の時にレンちゃんの言ってた用事ってこれのことだったのか。そこで一つ質問をする。
「あ、まさかだけど、また助っ人として来てくれって話題がでてたりしないよね?」
ニコルちゃんを怪訝そうな目付きで睨んでみる。
すると、くすっと隣を歩くレンちゃんがおかしそうに微笑した。
「もしかしてトラウマになっちゃってる?」
「トラウマっていえばトラウマかな。そのせいであの時はアーネストさんに……」
ははは、と力なく笑うとそれを見てニコルちゃんは「そんなことはないから安心しな」と言った。
「元病人だって分かってたらそんな無理なことは言わないよ」
「ありがとう。助かるよ」
「それに、あんたのおじさんにバレたらやばいもんな」
よくわかってるじゃないの。
余談だが、わたしはニコルちゃんからバスケ部に入らないか、と誘われたことがある。
学園には五月の始めに年に一度の体力テストと言われるものが行われる。わたしはそれで最大のミスを犯してしまったのだ。
最初に行われた種目『五十メートル走』で手加減の度合いを間違え、十七歳女子としては相当速い記録を叩き出してしまった。
そこでこの足の速さに目をつけたニコルちゃんはすぐに助っ人でもいいからうちに来ないか、と誘ってきた。陸上部や他の部活からも誘いがあり、これを断るのには苦労したものだ。
あと、このことを知ったアーネストさんにはこっぴどく叱られてしまった。そんな馬鹿らしいことで学園生活を棒に振る気か、と。
これだけではないのだが、ほんと冗談抜きで恐ろしく泣きそうになった。思い出すだけで落ち込んでしまう。
「ははは。そ、そうだね」
「でも残念だな」
「やっぱりいい戦力になるかもしれないから?」
「いや、それとは別」
わたしはよく分からず首を傾げる。
「部内のアイドル的な存在になってより活気のある部活になるんじゃないかなって。あわよくば部員の数も増えて――」
そして不気味な笑い声を出すニコルちゃん。
「あのさ、絶対にわたしをだしにそんなことしないでよ」
「大丈夫。ほとんど冗談だから」
急に冷静な顔に戻って言ったニコルちゃん。どこまでが本気なのか分からない。
「だとしてもさ、アイドルっていうのは言い過ぎでしょ」
「確かに。おまえって可愛い系じゃないしな」
「え?」
傷ついた。
それは酷すぎやしませんか?
レンちゃんはそんな落ち込むわたしに優しく肩を叩いた。
「安心してティアちゃん。ニコルちゃんは他の皆からは可愛い系っていうより格好いい系って認識されてるって言いたいんだよ。きっと」
「本当に?」
ニコルちゃんに力なくそう訊ねると
「すまん、言葉が足りなかったな」と微笑んだ。
「バスケ部では女子男子ともに見事に意見が一致したんだ。あとは性格がもっと明るければいいのに、だとさ」
わたしの知らないところでそんなことしないで。
ニコルちゃんはそう言ってくれているけど、はたしてそれは安心してもいいことなのだろうか。さすがに性格はどうにもならないよ。
寮まで三分の二ほどの距離を歩いたところでレンちゃんが思い立ったかのように口を開く。
「あ、そうだ。格好いい系ってので思い出した! ティアちゃん。聞いてほしいことがあるんだけど」
今から重大発表をするかのごとくわたしのもとにすりよってくる。嬉しそうな、楽しそうな表情であることが逆にどこか不安を感じさせる。
「何なの? いきなり」
「今日、一緒にお昼御飯食べたよね。その後のことなんだけど凄く格好いい男子を見かけたんだ」
「格好いい男子?」
その問にレンちゃんは「うん」と頷く。
この会話に反応したのか、ニコルちゃんはやれやれ、と何も言わずにため息を吐く。
わたしはその仕草が気になって訊ねてみる。
「ニコルちゃんも見たの?」
ニコルちゃんは首を横に振る。
「いいや。あたしは見なかったよ」
答えるも、ニコルちゃんはそこまで愉しそうな表情はしていなかった。ただ見れなかったという理由だけじゃなさそうだった。
「あたしたちは教室に向かうのに噴水広場の近くを通ってるんだけど、そこに一人でいるのを見たんだと」
噴水広場とは文字通り噴水のある広場。長椅子が設置されているので、そこで昼食を食べる人もいるようだ。
そいつ、そこで何してたんだっけ? とニコルちゃんはレンちゃんに訊く。わたしは二人のやりとりを黙って聞くことにした。
「噴水の真ん中にある、あれ、なんだっけ? 何かしらの鳥の像で何かしてたって言ってたじゃん」
「えっと、隼のことかな?」
「そう、それ」
「それをずっと見てたんだよ。胸に片手を当てながら動かずに」
と、その格好を真似する。
「ああ、思い出した。何語かも分からない不気味な言葉を喋ってるのを聞いたんだったな。で、目を逸らした隙に消えてたんだっけ?なんだかどっかの宗教団体の一員みたいじゃん。怪しいでしょ。格好よかったとしてもそれはだめだ」
と肩をすくめるニコルちゃん。
それは怪しい。と言うより危険人物だ。出来れば関わりたくない人種だろう。
次はレンちゃんが「そうだとしても」と反発するような口調で言う。
「わたし、ああいう人っていいと思うよ。もし性格が悪かったりおかしかったりしたとしても、更正させる楽しみがあるじゃない」
ティアちゃんみたいに、と付け加えた。
過去の話は蒸し返さないでほしい。
わたしは性格が悪かったのか。それともおかしかったのか。
どちらにしても、どちらでもないにしても、わたしにとってのあの頃はいい思い出であると同時に黒歴史だ。
そこでやっと口を挟むことにした。
「ちょっと訊きたことがあるんだけど、その男の人が言ってたっていう不気味な言葉って何?」
不気味な言葉から一番最初に連想してしまった事柄が呪文。知り合いに魔術師がいるからこそ敏感になってしまう。
訊いてみるもレンちゃんはうーん、と唸る。
「どうなんだろ。不気味な言葉ってのは言い過ぎかもしれないよ。不気味っていうよりは外国の言葉って感じだったもん。髪の色も珍しい銀色だったし」
外国の言葉に銀色の髪?
となると外国人ってことになるのだろうか。
「どこの言葉だろう」
「レン。言ってた言葉、真似できるか?」
レンちゃんはえー、としかめっ面になる。
「できるわけないじゃん。無理だよ。………あ!」
そこで思い出したかのように言う。
「人の名前のような言葉が聞こえたんだよ」
確かね、とその言葉と紡ぐ。
『――こっちにおいで』
レンちゃんの言葉に上乗せするように別の言葉が頭を貫く。
瞬間、悪寒が走った。
突然の出来事にはっと息を飲む。
誰かがわたしを呼んでいる?
二人の表情からみて聞こえたのはわたしだけのようだ。
不気味な気配がわたしを襲う。
周囲を見渡す。全方向を確認。
間を置かずに気配の主を捉えた。
方角は進んでいる向きの逆方向。
場所にして噴水広場付近。
無視するわけにはいかなかった。
わたしは歩を止める。
それに気がついた二人はどうしたのかと訊ねた。
「ごめん。教室に忘れ物しちゃった。取りに行ってくるよ」
わたしの言葉を不信に思ったのかニコルちゃんは目を細くする。
「明日じゃダメな物なのか?」
そう言うのもわかる。
「……うん」
数秒間のにらみ合いの後、ニコルちゃんは溜め息混じりに「早く帰ってこいよ」と言ってくれた。レンちゃんは何も言わなかった。
目を合わせてくれもしない。心の中では「こんな状況で何を考えているんだ」と思っているにちがいない。
「すぐに戻るから」
「帰ってきたらすぐあたしらの部屋に来いよ」
「うん、わかった」
そう言って歩いてきた道を引き返した。




