第1話 開始・死神の物語③
わたしを見つけたレンちゃんは人ごみのなかをすり抜けるようにここまでやって来てテーブルの向かい側に立つ。
「何で待ってくれなかったの。酷いよ」
第一声がこれだった。
ただし、それが怒鳴るような口調でもなければテーブルをどんと叩いたりするようなこともなく、まして肩から下げている鞄で殴り付けてくるようなこともない。
レンちゃんは基本的にはおとなしい性格なのだ。
「ごめんごめん、すごくお腹が空いててさ。すぐにでも何か食べないと倒れてしまいそうだったんだよ」
レンちゃんをおいて先に食堂に行ったことにどう言い訳をするか、なんてことは考えない。正直に理由を言うだけだった。
「ちゃんと朝食は食べてきたのに何でだろ?」
「そんなこと知らないよ。量の問題じゃない? 例えば一口サイズのパンを一つしか食べてこなかったとか。『いただきます。パクッ。ごちそうさまでした』みたいな感じで」
何だよそれ、そんな人いないよ。
……いないと思うよ。
「まあ、先に食堂に行かれたことについてはもういいよ。友達だからといっていつも一緒にいなければいけないなんてことはないし。それじゃあ、わたしも注文してくるから待っててね」
先に食べ終わっちゃだめだよ、と言ってレンちゃんは鞄を置いてからカウンターへ向かおうとする。
「レンちゃん。ちょっと待って」
そうわたしは呼び止めた。
レンちゃんは呼びかけに応え、こちらに身体を向けた。
「どうしたの?」
「ああ、えっと……ごめん、やっぱり後でいいよ」
無駄なことをしてしまった感がある。
そう? と言ってレンちゃんは踵を返してカウンターへ向かっていった。
今引き止めていたらさらに食堂が混んでしまい、昼食を頼む時間が長引いてしまうかもしれない。それはお互いにとって得ではない。後で訊けばいいことで、今訊く必要は全くなかったのだから。
しばらくしてからレンちゃんはきつねうどんを注文したのか、それをトレイに乗せて持ってくる。そしてわたしの正面に座った。
「そういえばさっき何か言おうとしてたけどなんだったの?」
レンちゃんが訊いてくる。
そうだった、と思い出したように質問した。
「今日ニコルちゃんと会わなかったけど元気にしてる?」
「心配しないで。いつも通り元気にしてるよ。でも用事があって昼御飯は一緒に食べれないんだって」
「それはよかった。風邪でも引いているのかと思ってしまったよ。どうもレンちゃんとニコルちゃんが一緒にいないと違和感を覚えるんだよね」
「どうして?」
「えっと、そうだね。レンちゃんとニコルちゃんの関係を食べ物で例えるならカレーのライスとルーなんだよね。二つ一緒にあることが自然であって、分けて別々に食べることはない。今の状況はカレーを注文したのにご飯しか運ばれてこなくて困惑しているって感じ」
「分かりやすい例だったけどなんでわたしがご飯なの? 味気がないってこと?」
むすっとしてわたしを睨むレンちゃん。
そんな意味で言ったわけではないのだけれど。
「知る人ぞ知る隠された味があるってこと。実際にご飯だけでも味はしっかりあるよ」
「そっか。そういう見方もあるね。それじゃあティアちゃんは福神漬けだね。加えると更に美味しくなる」
「おっと。そうきたか」
ははは、とお互いに笑いあった。
チーズの方が良かったな、とは言わないでおこう。
さっき違和感があるとは言ったものの特に仲がいいだけでずっと一緒にいるわけじゃないんだよね。別行動をとる時間があることもまた当然か。
わたしは再びカルボナーラを食べ始める。
レンちゃんもうどんを美味しそうに食べる。
少し間を空けてからそれにしてもさ、とレンちゃんは嘆息してから呟く。
「ずるいよね」
羨ましがるような目をしてこちらを見る。
「え、何が?」
わたしにどこか羨ましがられるようなところがあっただろうか。
「どうしてティアちゃんはこんなに数学ができるの? どうすればできるようになるか教えてよ」
「……ああ、それ」
話の内容が変わったようだ。
教えてと言われても、何かあるかな?
「えっと……予習と復習をしっかりすればいい、かな」
「そんなありきたりな答えはいらないよ!」
即答。そして怒られた。
もっと具体的な答えを要求しているようだった。
「真面目に言ったつもりだったんだけどな。数学って公式と解くパターンさえ覚えておけば大抵は何とかなるんだけど。やっぱりこういうのって向き不向きってのがあるのかな? だからといって諦めるのは良くないけど」
「そうなのかな? でも、それもあるかもしれないね。ティアちゃんって数学とか物理の理系科目は得意だけど文系科目は苦手だもんね」
レンちゃんは微笑む。
「この前の歴史のテストなんて赤点ギリギリ回避だったよね」
あらあら。いい笑顔ですよ。悪気はないのだろうけれども。
「そんなこともあったね……うん。ま、まあ、勉強の話はもうよさない」
苦手科目の話をすると悲しくなってくる。
「え、でも数学の勉強の仕方がまだだよ」
「あれだよ。何事も自分に合ったやり方が一番ってこと。そういうことは人に訊くより自分で見つけたほうがいい。いろいろ試行錯誤する。時間はかかるだろうけど、結局こういうのが一番効率が良かったりするんだよ」
と無理矢理まとめた。
レンちゃんは納得できないような顔をしたが、少しして「まあいいや」と言った。わたしにはそれが納得してのことなのか、それとも諦めてのことなのかは判らなかったのだけれど。
会話が途切れたのと同時にわたしは再びカルボナーラを口に含む。
レンちゃんはうどんに手をつけなかった。
わたしはどうしたのかと麺を啜りながら見る。
「……あのさ、こんな時に悪いけど訊いていい?」
「いいけど」
するとレンちゃんは箸を置き深刻そうな表情に変わり小さな声でこんな言葉を口にした。
「――、ティアちゃんはこの世界に死神が存在していると思う?」




