第4話 旧校舎・暗闇の大講堂⑦
その後、わたしはロイドくんを背負ってわたしの部屋まで戻った。
そしてベッドへ静かに寝かせる。
「ロイドくん。怪我は大丈夫?」
「これくらい平気だ。何の問題もない。寝れば治るさ」
「寝れば治るって、血が出てるんだよ」
「大丈夫だ。応急処置もしただろ。だから、間違っても病院に連絡するようなことはするなよ」
強がってはいるものの、その表情からは微かにその苦痛を感じ取れた。わたしはロイドくんの隣に座る。ロイドくんはこちらを見ずに囁いた。
「――また出来なかった。今度こそって思ったのに。やっとやり遂げたって思ったのに。本当にすまない。俺の……力不足で……」
その表情からは強い悔しさが明らかに伝わってくる。
「そんな……謝らないでほしい」
ロイドくんは何も悪くないのだから。謝るのは間違っている。謝るとすれば、それこそわたしのほうだ。
実は帰り道でずっとごめんなさいと連呼してしまった。そのせいで今は少し言いづらいが。
それにまた出来なかった、か。たぶんロイドくんはこの事件にかなり初期の段階から関わっていたのだろう。そして、なにかしらの強い信念を持ちながら。
「――ねえ、ロイドくん。今更だけど訊いてもいいかな?」
「なんだ? 言ってみなよ」
「どうしてロイドくんはこの事件を解決したいって思ったの。自分の住む街だから?」
わたしとは違う、強い覚悟を持っているのなら教えてほしい。本来、この件に関わると決めた以上はわたしもそれなりの覚悟を持つ必要があるはずだった。
だから、これ以上傷つかない為の、これ以上傷つけないための、手段の一つとして。
「俺は――」
そこで考え込む。やはり言いにくいことなのだろうか。これはわたしの勝手なので、どうしても言いたくないのなら言わなくてもいいと思っている。
そう伝えようと口を開きかけた時、ロイドくんはわたしの目の前に手のひらを向けて静止させる。
「――俺は、助けたい人がいるんだ」
「助けたい人……」
「ああ、そうだ。大切な人だ。俺の妹。俺にとって唯一残された家族といえる人だ」
唯一残された家族?
まさかとは思い訊いてみる。
「もしかして両親がいない、とか……」
ロイドくんは静かに頷く。
「その通り。ある研究所での不幸な事故だったんだと。研究所は全焼して跡形もなく……って、その話はいいか。とにかく両親がいなくなった俺たちは色々あって今では支援を受けながら二人で暮らしてるってわけ」
「そんなことが……」
「おいおい、そんなに悲しい顔をするなよ。俺は別に哀れんでほしくてこんな話をしてるわけじゃないんだぞ」
「……うん」
わたしは何も言えなかった。
ロイドくんは続ける。
「それで、俺と妹の二人でいつものように暮らしていたある日、俺たちはあの死神に襲われた。何の前触れも無しに」
「じゃあ、ロイドくんの妹さんも昏睡状態に?」
ロイドくんは首を横に振る。
「いいや。何故か昏睡状態には陥ってないんだ。だが、代わりに何かの病気にかかったかのように苦しんでいる。あいつは大丈夫だって言うけど、そんなわけがない。俺はあいつをこのまま放っておくことなんてできなかった。今は治癒魔術でなんとか抑えているけど、所詮その場しのぎの付け焼き刃だ。いつ効果が切れるか分からない。だから探した。死神やその魔術師に関する手掛かりを毎日のように。そして見つけて叩き潰し、妹を苦しみから解放させる。それが俺の目的だ」
これがロイドくんの戦う理由。
ロイドくんはずっと苦しんでいたんだ。いや、ずっとわたしの前ではそのような素振りを見せようとしなかったのだ。そんな気遣いにわたしはまったく気がついてあげることができなかった。
「だから、そんな顔をするなよ」
「でも、仕方ないよ。判っちゃうんだよ、ロイドくんの気持ちが」
ロイドくんの話を訊いて分かった。わたしとロイドくんの境遇がとても似ていたということが。だからこそのこの気持ちだった。
「――俺の気持ちが、か?」
「うん」
そう頷いてからわたしは語った。
「わたしもね、親がいないんだ。わたしが小さい頃に亡くなったらしい」
「らしいって、どういうことだよ」
「わたしにはね、幼い頃の記憶が一切ないの。まるでその部分だけ壊されたかのように思い出すことができないんだ。いわゆる記憶喪失ってやつだね」
「何てこと、そんな衝撃の事実を今言うか? さすがの俺でも若干戸惑ったぞ」
「はは。でも、そこまで私生活に影響が出てるって訳じゃないよ。どんな人でも幼い頃の記憶は曖昧で当てにならないでしょ? わたしのはそれが酷くなった感じ。心配することは全然無いよ」
「――そうか」
「うん。そんなこともあってね、ロイドくんの気持ちがすごく分かるんだ。残された家族をどれだけ大切に想ってるのかすごく分かるんだ」
ほんの少しだけ、自分について話すことにした。
わたしには父と母に関する記憶がない。幼い頃に親しく接してしてくれていた人々の記憶もない。あるのはアーネストさんから聞いた後付けの記憶のみ。
とある小さな研究施設で暮らしていた皆はある事件に巻き込まれて亡くなったらしい。生き残ったのはわたしとアーネストさんだけだった。
事件からしばらくして、アーネストさんはその話をしてくれた。話してくれた後、彼は涙を流していた。ごめんな、って何度も謝りながら。
哀しい記憶が蘇ったからだ。それなのに自分の目から涙の一粒も落ちることはなかった。自分の両親が亡くなったというのに。
記憶がないとはこういうことだ。同じ悲劇を体験したにもかかわらず、同じ痛みを持つことができないでいる。
その痛みをアーネストさん一人に背負わせてしまうことになる。それがどれだけ彼にとって苦痛であることか。自分にとって虚しいことか。
わたしは幼いながらに何となくではあっても理解でき、胸が痛かった。
その時思ったのだ。もし唯一救われたわたしすらこの人の前から消えてしまえば、彼はどうなってしまうのか。
それも何となく想像できた。
だから、わたしはわたしを救ってくれた手を絶対に放さないと誓った。
その後も何度か昔の話をしてくれた。わたしを男手一つで育ててくれた。
結局、記憶は戻らないままで、能力もなかなか安定せず、そのうえ反抗期に突入して暴力的になった時もあった。だけど、アーネストさんはそんなわたしを家族として受け入れてくれている。
ならわたしは、そんなアーネストさんの意志に応えたい。与えてくれた帰るべき場所を大切にしたい。
わたしは間接的にではあるがアーネストさんから家族や友人の大切さを教わったのだ。
それが今の生活にも生かされている。
まさか友人のために生きるか死ぬかの戦いをすることになるとは思ってもいなかったけど。
「こんな感じでわたしの話は終わり。何か訊きたいことはある?」
ロイドくんはずっと天上を見たままで、特に訊きたいことはないと言う。あまり他人の過去を深く知ろうとは思っていないらしい。
その代わりに「そういえば、だ。俺もまだ訊いてなかったな」とロイドくんは視線を天井からわたしに移してから囁いた。
「おまえはなぜ俺の手助けをしてくれている? 確かにおまえの人を大切にしたいという気持ちは分かる。だが、見ず知らずの他人だった俺にここまで心を許していいのか。未だに理解できないんだよな」
わたしがロイドくんを手伝いたいと思ったのは、ただ最初に何者なのか気になってしかたがなかっただけなのだ。
しかしそれを既に知ってしまったわたしはなぜ、まだロイドくんと共に行動しようとしているのか。それはやはり自分の戦う理由に繋がるのだろう。
「わたしは友達を守りたい。わたしを受け入れてくれた大切な友達を失いたくない。せっかくこんな力を持ってるんだ。何もせずに見ていることなんてできないよ。規模は違うかもしれない。言ってしまえば、誇れるような戦う理由ではないかもしれない。だけど、誰かを救いたい、守りたいって気持ちは同じ。でも、やっぱりわたし一人じゃ荷が重かったりする。だから、今はわたしを使えそうな戦力、道具としてロイドくんに有効活用してほしい。そう思っているんだよ」
これが今のわたしに一番合っている気がする。
「そうか。それは立派な誇れるような理由だよ。俺はそう思う。それにまだ手伝ってくれるのなら、おまえを有効活用させてもらうさ。と言ってもおまえはもう十分俺の助けになってるけどな。たまに迷惑な時もあるが、これは決して嘘じゃない」
その言葉にそうかな、と照れてしまう。
「そういう嬉しそうな顔をしないでくれ。これ以上おまえに感情移入したら困ってしまう。それより、おまえは俺と話をして覚悟を決められたのか?」
「え?」
見透かされていたようだ。
これは限りなく恥ずかしい。
「そ、そんなこと考えてないよ」
焦るわたしを見て、ロイドくんは小さく笑う。
すると、ロイドくんは大きな欠伸をした。
「なんだか眠いな。少しだけ寝させてくれないか」
もしかすると、充分な睡眠をとれていなかったのかもしれない。今までの疲労が一気に襲いかかってきたのだろう。
「少しと言わずに体力が回復するまで寝てたらいいよ」
「そうか、ありがとう。じゃあさ、寝る前に一つだけお願いがあるんだけどいいか?」
「いいよ」
「もし俺に何かあれば、お前が――いや、やっぱりいいや。今のは無しで。それより喉が渇いた。水をくれないか」
「水? うん。わかった。丁度切らしてたから食堂まで行ってくる。ちゃんと寝ててね」
「ああ、分かってる」
そしてゆっくりと目を閉じた。
それを見てベッドから立ち上がる。
歩き、ドアのノブを回す。
――今までありがとう。
――そして本当に、
――ごめんなさい。
今さっきロイドくんの囁くような声が聴こえたような気がした。振り返るもロイドくんは静かに寝ているようだった。
部屋から出て食堂に向かう。
数分後、二本のペットボトルに水をいっぱい入れてから部屋に戻った。
「ロイドくん、持ってきた、よ…………」
目にした光景に息を飲む。手の力が一気に抜けて持っていたペットボトルは滑り落ち、鈍い音をたてて床に叩きつけられる。
確かにベッドで寝ていたはずのロイドくんが本来いるべき場所に存在していなかったのだ。どこかに隠れているわけでもない。
この部屋から出ていったのだ。
窓は開かれたままで、そこから入り込む強い風はカーテンをガサガサと揺らしている。
机の上にはロイドくんが置いていったであろう紙の切れ端があった。風で飛ばされないように辞書を重りにしている。
そこには一言、こう書かれていた。
――もう俺に関わるな。
「どうしてなの? ロイドくん」




