第4話 旧校舎・暗闇の大講堂①
記憶障害。
それがおまえの現在抱えている症状だ。
俺はそこまで詳しくないが一定期間続いてから唐突に回復する場合だってあるかもしれない。ほんの小さな記憶の断片でも思い出せば、それをきっかけに連鎖的に思い出す場合もあるかもしれない。
だから、そんなに落ち込むことはない。
もし自分の大切なものだと思う何かが頭の中に浮かんだらすぐに話してほしい。
それについて一緒に考えよう。
◇
六月二十日の土曜日。公表されている死神に襲われた被害者の人数は六人から七人に増えていた。
そして同じく二十日の午前九時三十分。今日は休日で授業が無いため、わたしは寮の部屋にいた。もちろんロイドくんと一緒に。
今日からはわたしたち二人で学園内の調査を開始することになっている。
それなのに、わたしたちは作戦会議などの話し合いはおろか雑談の一つもしてはいなかった。
わたしはパジャマ姿で完全にベッドに倒れこんでうなだれている。ロイドくんはいつも通りの制服姿で椅子に座り、新しく描いたテレジア学園内の地図を睨みながら調査した場所に黒い斜線を引いていた。
「――ねえ、ロイドくん」
さすがにもう無理だ。ここまで見つからないとは思わなかった。
昼休みと放課後の数時間はロイドくんも手伝ってくれて、愉しい雑談を繰り広げながら探していたが――
「どうした?」
と、ロイドくんが一言だけで返してくる。
「わたしたちって、何やってるんだろ」
「魔石探しだ」
「そんなことわかってるよ」
そう文句を言うようにしてベッドの上でバタバタと音を立ててもがいた。ロイドくんはその様子を見下すような目で見た後、ふたたび目線を地図に戻した。
「ああ、疲れたぁ」
「今日はまだ何もしてないだろ」
「そんなことわかってるよ」
そろそろ苛立ちがピークに達しそうだった。
「なんでそんなに冷静でいられるの?」
とロイドくんに訊く。
「探すことは慣れているからな。だが、ここまで時間がかかるとは思わなかった。今までは運が良かったのか……」
やはり、ロイドくんもわたしと同じ考えを持っていたようだ。もしかしたらここには無いのでは。もしわたしの予想が的外れだったら。そう思えば思うほどロイドくんに申し訳なくなってくる。
「ねえ、わたしの予想が的外れじゃないかって言ったり考えたりしないの?」
もごもごと枕に顔を潜り込ませながら言う。
「ここまでくればそう考えてもおかしくないかな」
とロイドくんは微笑を浮かべる。苛立ちという感情は無いのだろうか。ロイドくんは続けて言う。
「まだ調べてない場所もある。的外れって言うのは全て調べ終えてからだ。この際死神が出てきてくれればな。一気に解決なんだが」
いいえ、駄目です。
絶対に駄目です。
それは解決ではなく手遅れって言うんですよ。
「ところで調べていない場所と言えばさ、旧校舎はどうなの? あそこはまだ調べるなって言ってたけど、何か理由があったりする? あそこも怪しそうだよね」
ごろんと体を回転させて仰向けの状態になる。
ロイドくんは依然として地図に目を通している。
「実はな、あそこはおまえと手合わせする前に一度調べた。怪しそうなところは一番始めに調べる。そのせいでその日の午前中の授業はサボる形になってしまったけどな」
やっぱりサボったんだ。この不良め。
……って、あれ? なにかおかしくない? ロイドくんの言動にどこか、いや、かなり引っかかりを覚える。
確かロイドくんと会った日、わたしは旧校舎に行こうとしたロイドくんに気づき、追いかけて引き止めてしまったはず。だから――
「ロイドくん。本当に旧校舎に行った?」
「行ってない」
即答!?
もう少し話を引っ張って誤魔化そうとしてもいいのではないか。素直すぎる。
その予想外の即答に腹を抱えて笑ってしまった。
「ちょ、ちょっと。なんでそんな嘘つくの。意味が分からないんだけど。ああ、お腹が痛いよ」
「笑いながら喋るな。いったん落ち着け」
その言葉通り、わたしは落ち着きを取り戻してからロイドくんを睨んだ。
「なんだ? 嘘はいけないことだって言いたそうな顔をして」
そんな顔はしてないはず。実際は鏡を見ていないから分からないのだけど。
「――嘘といっても、一概に悪いこととは言い切れないでしょ。時と場合によるとわたしは思ってる」
例えば今のわたしと学園の友達との関係。大切な友人を危険な目に会わせないためにも魔術関連のことは絶対に隠し通さなけらばならない。そうぼそっと呟いていた。
ロイドくんはわたしを見ているだけ。わたしの何気ない一言や呟きに対して何も言おうとはしなかった。
「で、なんでそんな嘘を吐いたの?」
ロイドくんは頭をかきながら言う。
「あれは昔に使用されていた校舎だろ。古いということはそれだけで魔術的な価値が上がる。そこに死神が潜んでいてもおかしくはない。だから――」
「だから?」
「おまえ一人で調査をしてほしくなかっただけなんだよ」
そのロイドくんの答えは意味が分からなかった。
「ごめん。ちょっと理解できなかった」
「前に俺は死神と対峙したって言ったよな」
「言ってたね。それで?」
「もしおまえの実力があの時やりあった程度のものなら、死神から逃げ切ることは可能かもしれない。だが、はっきり言って太刀打ちはできないだろう。能力も戦闘向きでないと言っていたしな。今更な質問だけどさ、もし一人での調査中に死神に出会ってしまった時はどうするつもりだったんだ。魔石探しだけなら危険性も低いと思っているが、やはり危険であることに変わりはない。特にあのような建物なら尚更危険だ。助けをしてもらっている身で悪いが、自信がないならここで手を退いてもいいんだぞ」
うーん。
そんな考えもありと言えばありだろうけど、どうも納得できない。勝手な妄想ではないのか?
それはロイドくんのちょっとした優しさなのかもしれない。けれどわたしはロイドくんが思っているほどやわな女じゃない。手を退く理由はどこにもない。
「わたしには手を退けない理由がある。ロイドくんもそうでしょ。少なくともこの件に関わってしまった以上、見て見ぬふりをして過ごしていくことなんてできない。それにわたしの本当の実力はあんなものじゃないんだから」
「そうか。なら、その本当の実力ってやつを信じて昼からは旧校舎の調査をしにいこうか」
そう言ってロイドくんは嘆息した。
数分後、ロイドくんは作業を終えたのか体を伸ばして椅子から立ち上がる。そして
「つまらなさそうだな」と言った。
「暇ならいつも一緒にいる二人としゃべってきてもよかったんだぞ」
二人というのはおそらくレンちゃんとニコルちゃんのことだろう。
「今は二人とも部活に行ってて寮にはいないよ。いたとしてもロイドくんに悪いからたぶんここにいた」
「それは嬉しいことを言ってくれるな」
そう言ってベッドに腰を下ろす。
表情は特に嬉しそうでもなかった。
「ティア。今のうちに聞いておきたいことがある。この前、珍しい髪の色をした外国人を見た友達がいるって言ってたよな」
「うん、言ってたね。それがどうかしたの?」
「いや、特に理由があるわけじゃないんだけど。雑談の一つだと思ってくれ」
ようするにただの気分転換らしい。
ロイドくんはその人の特徴について求めてきた。
「男か女か。髪の色は何色だったか。他になんでもいい。何か聞いてないか?」
「えっと。話によればその人は男の人で髪は白、もしくは銀に近い色だったんだって」
「銀髪か。確かにそれは珍しい。だが、この学園でそんな髪の色をした人は見たことがないな。そんな奴本当にいるのか?」
「さあ、わたしはレンちゃんから聞いただけでこの目で見たわけじゃないから。この学園って想像以上に広いからね。その分、人が多い。それも原因かもしれない。レンちゃんが嘘を言ってるとは思えないし。でも勘違いって線はあるかも」
わたしは途中からぶつぶつと独り言のように天上を見ながら話した。
よくみれば天上の端の壁紙に小さなひびが入っていた。大きく広がる前に修復できるだろうか。
「さっきから言ってるレンちゃんって誰だ?」
とロイドくんが訊いてくる。
「ああ、わたしの友達。ロイドくんの言ういつも一緒にいる二人のうちの茶髪の方だよ。隣の部屋に住んでてね、よくもう一人の友達と三人で一緒に喋ったり遊んだりするんだ。この前なんか百貨店まで買い物に行ったりもしたし。あの日はなかなか楽しかった」
そう言ったところで初めて百貨店に一緒に行った時のことを不意に思い出した。
その時出会った二人の能力者の存在を。
……いや、あの二人のことは今この件で関わってくることじゃないはず。今は頭の隅に置いておこう。
「まあ、そんなこんなで結構いい友達だよ。だだ、いきなり二人でこの部屋に押しかけて騒ぎ始めるところがたまに傷なんだけどね」
と二人の親友を思い出しながら微笑む。
いきなり押しかけてくることは確かに迷惑な行為かもしれない。でも、そこにはとりわけ嫌って感情はない。むしろわたしにとってはうれしかったりする。
こんなわたしだけど、出会った当初から変わらず接してくれる、笑ってくれるあの二人が大好きだ。
「ふぅん。今までの話を聞いてるかぎりじゃ、おまえは暗い過去を持つ暗い奴なのかなって思っていたよ。案外、友人を大切にする明るい女だったんだな。安心したよ」
ロイドくんは特に顔色を変えることもなく平然と言ってきた。
「なにそれ。結構恥ずかしかったりするからやめてほしいんだけど。さあさあ、話を戻して」
「そうだな。話を戻すとするか」
ごほんっ、と小さく咳払いしてから外国人についての話を再開する。
「そのレンって人は今どこにいるんだ?」
「演劇部だから音楽室にいるんじゃないかな。帰ってくるまで待つとしたら夕方になるね」
「そうか。一度話を聞きたいと思ったんだが、まあいいか」
「今すぐに聞く必要があるんだったら一緒に行ってみる?」
「いや、いい。行っても邪魔になりそうだし。それに雑談の一つだって言っただろ」
「……ロイドくんがそう言うならいいんだけど」
それからわたしたちは何気ない雑談に興じた。
それはまるで親しい友人とする会話のようで。
わたしとロイドくんの関係はただの他人から友人に変わっていくように感じた。




