第2話 出逢い・漆黒の少年⑥
「そろそろ話を戻そっか」
言って、ロイドくんに調査報告をしてもらうことにした。
「ああ。それじゃあそうだな。まずはいらない紙と鉛筆を貸してくれないか」
「ん? わかった」
と言いながらよく分からないまま紙と鉛筆を差し出した。
すると紙の上に何かの絵を描き始めた。
ロイドくんの横に立ちそれを眺める。
「何を描いてるの?」
「テレジア市街の全体図だよ。改めて視覚化してみれば、分かることもあるんじゃないかと思ってな」
――あ、ほんとだ。言われてみれば見えなくもない。
おっと。この言い方だとロイドくんの絵が下手に聞こえてしまうだろう。
訂正します。分かりやすっ!
時間が経つに連れて簡略化されたビル、デパート、駅などの建物、大通りに線路が描かれていく。そこにはこのテレジア学園も含まれていた。
しかも修正なしの一発描きだ。
「絵、上手いね」
「こんなの絵って言うほどのものじゃねえよ。ただの地図だろ。覚えているか覚えていないかの問題。やろうと思えば誰にでもできるよ」
「……」
何だろうこの気持ちは。
とてつもなく目の前で地図を描くこの男を殴りたい気分になった。
「よし、こんなもんでいいだろ」
出来上がった地図には六つの髑髏のマークがある。
「これは?」
そのなかの一つに指をさして訊く。ロイドくんはこう答えた。
「被害者が襲われた場所だ」
「ああ、なるほど」
続けて間髪いれずに「絵を描くのが得意なの?」と訊いてみる。
「一体何が言いたいんだ」
ロイドくんは呆れたような口調で言った。
「ロイドくんってこれ以外にどんな絵だったら描けるの?」
「だから、これは絵ってほどじゃないって。しかも、俺のは趣味の範囲だからな。ある程度までならなんでも……って全然今の話と関係ないだろ」
「じゃあさ、何か他の絵を描いてみてよ。わたし絵はあまり描けないからさ。凄いって思っちゃう」
ロイドくんは頭に手を当てて大きな溜め息を吐いた。
「はぁ、おまえは緊張感の欠ける奴だよ。わかったからそんな目で見るな。えっと……そうだな。そのうち、おまえをモデルにした絵でも描いてやる。だから話をそらさないでくれ」
「うん。楽しみに待ってる」
話を死神の話題に戻して、地図を使いながら被害者の六人が襲われた場所の状況について話し合った。
まず場所に何らかの意味があるのではないか、と考える。
だが、公園の角であったり駅の近くであったり、挙げ句の果てには家の中。ところかまわず死神が現れているようだ。
ならは位置はどうだろう。一直線に並んでいないか、円状になっていないか、など思案する。しかし分からない。全てばらばらに散らばっていて次に現れそうな場所も思いつかない。
お互いやれやれと溜め息を吐いたが、ロイドくんは思い出したようにあるものを提示した。
紅く透き通った石の欠片。
「被害者が襲われた場所の近くに一つ、この欠片が落ちていたんだ。他の場所にもあったが、それが落ちていたのはどれも被害者が襲われた位置から数十メートル以内の位置だった。なんか不気味だったからな。呪われでもしたら困るし、持ってくるのはこれだけにしておいた」
呪いとはまた物騒な。
鈍くなる呪いにでもかかるのかな?
…………ごめんなさい、反省してます。
しかし。どこからみてもただの石にしか見えないけれど――
ロイドくんは何も言わず、地図に描いた髑髏を消して、代わりに石の絵を描き込んだ。
「これも手掛かりだったりするの」
ああ、と頷くロイドくん。
「これは魔石だ。もう内部の魔力はほとんど枯渇しているがな。これがあったから魔術師の仕業だと判断したのだが、配置された魔石にどんな意味があるのかが分からない。死神を召喚するだけにしては大袈裟すぎる気もするし」
魔石といえばその名前の通り魔力を含んだ石のことだ。おそらく魔術師が礼装として使用したもの。大袈裟すぎる、というのは単純にそれらに秘められていたであろう魔力量が召喚に必要な魔力量に十分足りているからだろう。
「この魔石、他にどこかで見たりしてないか?」
「ううん。見たことない」と首を横に振ってから「それにしても綺麗だね」と言った。太陽の光にかざしてみたいくらいだ。
「これが綺麗? うーん、俺には分からない感覚だな」
「そうかな。星の欠片みたいだし」
「星の欠片?」
「この前友達と百貨店に行ったんだ。そこで飾られていたのを見たんだよ」
もっともあれは名前だけでただの石だと思う。あれは蒼色で形も大きさも違うから手掛かりにもならないけど。似てると言えば透き通っていることくらいだ。
「なら、この魔石の絵を星印に変えてみるか?」
と冗談を言うロイドくん。
わたしはそこまでしなくていいよ、と返答した。
「そうしたらまるで――」
そこではっとしたように地図を見直した。そして石の絵を目でなぞっていく。
「何か気になることでもあるのか?」
「まさかとは思うけどこれ、星座じゃない?」
この言葉にロイドくんは目を細くする。
「星座? こんな配置でできた星座ってあったか? おまえ、星座に詳しいのか?」
「そこまで詳しくないけど。その、なんとなくです……」
つまり自信はない。
しかし、ロイドくんはあてにならないとは言わずに「まあ、手掛かりもないことだしその可能性も考慮に入れておくか」と言ってくれた。
「とりあえず、おまえは星座の図鑑か何かで調べてみてくれないか?」
もし星座だったら、警察がすでに感づいて動いていても良さそうだけどな、と身も蓋もないことを口にするロイドくんだった。わたしはそれを聞かなかったことにした。
「うん、わかった。明日の休み時間にでも図書館に行ってくるよ」
「ありがとう。助かるよ。これで次に死神が現れる場所が分かればいいんだけどな」
「ロイドくんはどうする。一緒に行く?」
「いや、俺は……」
と少し考えるようにしてから言う。
「そうだな……俺は俺で別の可能性を探ってみることにする。休み時間中に抜け出して学園の外の状況を調べておきたい。おまえは学園の内側の状況もついでに調べておいてくれ。明日の夜にまたくるから、その時に報告しあおう」
ロイドくんのその提案にわかった、と頷く。
「さてさて。それでは帰るとするか」
と言ってロイドくんは椅子から立ち上がる。
時計を見ると時刻は既に十時を過ぎていた。
かれこれ考えている内に気がつけば二時間も経ってしまっていたらしい。
「これじゃ、家の人が心配してるかもね」
と、何気なく考えも無しに言った。
言ってしまった。
ロイドくんにとっては関係ないかもしれない。けど、わたし自身にとってはあまり言われたくない言葉だったのだ。自分のされたくないことを無意識に他人にしてしまったことに気付くと、酷く申し訳ない気持ちになってしまう。
わたしはたぶん、気まずそうな顔をしてしまっただろう。ロイドくんにはたぶん、なぜわたしがこのような表情をしてしまったのか分からなかっただろう。
目の前の彼は一瞬だけ目を細くしてからもとに戻すと、低い声で「そうかもな」と言った。
ロイドくんはこの部屋から出る時も窓を利用するようで閉ざされた窓を開ける。涼しい夜風が吹き込み、カーテンはバタバタと音をたててなびく。
そして「じゃあ、また明日」と身を乗り出し、わたしは「また明日」と手を振った。
そんなわたしを見て微笑むと勢いよく飛び上がり、夜の闇に溶けていくのだった。
「あっ!」
と、手で口を押さえる。
しまった。ロイドくんと出会う以前に奇妙な出来事に遭遇したと伝え忘れていた。それこそが、この事件の重要な手掛かりになったはずなのに。
今日は諦めて、また明日話そう。明日の授業の予習、今日の授業の復習を簡潔に済ませて今日は寝ることにした。




