第2話 出逢い・漆黒の少年⑤
寮内にある食堂で夕食を済ませると、少し体調が悪いからと言って、それ以降部屋でじっとしておくことにした。
体調が悪いというのは嘘なのだけれど、何故そのような嘘を吐かなければならないかと言われれば、あの二人、レンちゃんとニコルちゃんはわたしの部屋に来る時たまにノックもせずいきなり上がり込んでくる時があるからだ。
もしロイドくんがここに来ている時にそれをやられれば大騒ぎになることは間違いない。だからわたしは遠回しに「今夜はわたしの部屋に入ってこないでほしい」と言わせてもらったわけだった。
自分の部屋の前まで移動し、がちゃり、と鍵を開ける。自分の部屋、二〇六号室に入った。
部屋は右側の手前からタンス、本棚、勉強机、そして左側にベッド、というように家具が配置されていて、部屋の奥には一つの窓がある。
ところで、今はもう夜の八時前だ。そろそろロイドくんが来てもいい頃だろう。迷ったりしていないだろうか。というよりどうやってここまでくるつもりなのだろう。
「ああ。暑いな」
そんな言葉が口から漏れると更にこの部屋の暑さを意識してしまう。
この前レンちゃんが「暑いと言うから暑くなるんだよ。だから暑い時は寒いって言えばいいんだよ」なんてことを言っていた気がする。けれど、それはさすがにあり得ないでしょ。
とまあ、今のわたしのようにじっとしていても暑いんだ。動いている人の方はもっと暑いだろう。
ここはどうだろう。やってきたロイドくんのために冷たい飲み物を用意しておくというのは。この暑さに汗をかいてやってきた彼はさぞかし喜んでくれるに違いない。
となると、飲み物だけでは寂しくなる。どうせならお菓子も用意しておきたいかな。けれどロイドくんの好みが分からない。
そりゃそうだ。昨日出会ったばかりだし。いっそのことわたしの好みでもいいかな。チーズとか……
いや、さすがに自重しておこう。
なんて、わたしらしくもない頭の中のはしゃぎっぷりだった。
ほんの少しだけ共に行動しただけだというのにもかかわらず、何故かロイドくんという存在が特別に感じた。理由なんて分からない。
けれどこうしてロイドくんの到着を今か今かと待ち焦がれている。レンちゃんやニコルちゃんとの関係とはまた異なるが、このあり得ないような現実は間違いなくわたしにとっての特別だった。
とりあえず食堂に行って冷えたオレンジジュースを、レンちゃんとニコルちゃん以外の友人からバウムクーヘンを貰ってきた。
部屋に帰ってきてもまだロイドくんはいない。そりゃそうか。出る時に鍵を閉めていったし。
「やっぱり制服でいると暑いな」
閉めきった部屋で、その上この季節に制服でいることがそもそも間違いなのかもしれない。
そんなわけで、ロイドくんが来る前にパジャマに着替えることにした。
普通はお風呂に入った後に着替えているが、今日はいつ入れるか分からない。汗で気持ち悪くなる前に対策をしておくことにした。
まずはカーテン、そして窓を開ける。
気持ちのいい夜風が部屋の中に入り込み、一気に部屋の温度が下がっていくような感じだった。これからは帰ってきたらすぐに窓を開けようと強く心に決めたわたしだった。
続けて服を脱ぐ。外から流れ込む風が素肌に当たる。
「――おお、これは涼しい」
と声に出る。さすがに下着姿のままでいるのは良くないので用意していたパジャマを着ることにした。そして袖を通そうとした、その時だった。
窓からガシャッと音がした。
死神が現れるという噂を聞いたから後だからか、ひどく嫌な予感がする。
「――何の音だろ…………」
恐る恐る窓の方に振り返ってみると、そこには――
「何でお前の部屋は二階なんだよ。入りにくいっつうの」
窓から忍び込もうと頑張っているロイドくんの姿があった。
絶句した。開いた口がふさがらなかった。
ここ二階じゃん。侵入者対策で足場になるところなんてどこにもないよ。
まさか思い切りジャンプしてきたの?
「悪い悪い。どうしてもこの部屋の入り方が思いつかなくてさ、ちょうど窓が開いたからこうして……………………っえええ!」
わたしの半裸姿を見て驚きの声を上げるロイドくんだった。
すぐさまロイドくんのもとに走って口を塞ぐ。誰かに気がつかれては非常にまずい。
「落ち着いて。大丈夫だから。わたしは気にしてない。だから今すぐ黙って」
ロイドくんの耳元で囁く。
うんうん、と頷くロイドくん。
わたしはそっと手を放し招き入れた。
窓を閉めると「もう普通に喋っていいよ。盗聴の対策はできているから」と伝える。
ロイドくんは俯きながら床に座りこんだ。正座だった。
「――あのさ」
と気まずそうに訊ねる。
「何?」
「悪かったな。あと、服を着てくれないか」
「言われなくても着るよ」
嘆息してパジャマを着用する。
「もう、顔上げてよ。さっきも言ったけど気にしてないから。ほら、冷たい飲み物とお菓子を用意してるから一緒に食べよ」
言って、机の上のこれらを指差す。
「……そうか、すまなかった。それにわざわざ用意してくれてありがとう。遠慮なくいただくとするよ」
ロイドくんはガラスのコップに入れられたオレンジジュースを少し飲む。続けて「それじゃあ本題に入ろう。その椅子、借りてもいいか?」と言った。
「うん。いいけど」
ロイドくんは勉強机の椅子を引き出して座った。
わたしはベッドに腰をおろす。
切り替えの早い人だ。
しかしどうだろう。ロイドくんの性格からして可能性は低いが、ここで空気を和ませるためにまったく死神と関係のない話を始めるというギャグを始めるかもしれない。
この場合わたしはどう反応するべきだ。うぅーん……
「さて、さっそくだが死神について――」
「死神の話なのっ!?」
叫んだ。大いに叫んだ。
なんでよ。今まで考えていたこと全部無意味じゃん。
「おい、どうしたんだよ。おまえ変だぞ」
不審がるような目でわたしを見るロイドくん。
「気にしないで。わたしはまともな人間じゃないから……」
と言うのも、わたしは他の皆より変わった行動をすることが多いらしいのだ。その大部分が自分では意識できない。非常に厄介で落ち込みたくなる。
「そんなこと言うなよ。おまえは十分まともな人間だよ」
「そ、そうかな」
照れるじゃん。
ロイドくんは少しわたしから目をそらす。そして口を小さく動かした。
――俺よりはずっと、まともな人間だよ。
微かに、わたしにはそう聞こえた。
「え、何?」
「いや、何でもない。気にしてないでくれ」
「……うん。わかった」
ロイドくんはどこか悲しげな表情をしていた。
昨日の校舎の屋上で、ロイドくんはわたしのことについて詳しく訊いてこようとはしなかった。しないでくれた。だから、わたしもロイドくんの事情について探ろうとは思わなかった。
誰にでも知られたくないことはある。
隠しておきたいことはある。
わたしはわたし自身の過去を知られたくない。
ロイドくんにとってもその何かがあるのだろう。




