雪山
しいなここみさま「冬のホラー企画4」参加作品です。
「ほぅ……」
一面が銀白に輝く世界――雪に覆われたスキー場の休憩スペースで座り込む男女6人組。今のあたしたちは周りからどんな目で見られているのかな。
仲間の一人、千里がそこらへんの自販機でゲットしてきたコーンスープの缶を飲み干しながら、あたしは考えた。このコーンスープは美味しい。体の芯から暖まるような気がする。ここにこたつでもあれば完璧なのに。
なんであたしたちが男女6人でスキー場にいるかというと、別に男女の関係があるわけじゃない。単にサークル仲間でちょっと羽目外しに行こうよってだけ。
「あーあ、つかれた」
あたしはベンチに座って、わざとらしく足を投げ出した。スキー板をつけているから、普段通りに動けない。
「もうギブアップか? 相変わらず梨子は体力がないな」
「海斗こそ。その口の悪さは変わんないね」
からかってきた海斗に、負けじと言い返す。コイツは体力と口の悪さくらいしか特技がないっていうのに。
「俺、もう1回リフト乗ってくる」
諒。コイツはコイツで変なやつだ。なんていったって、このスキー旅行についてきた理由が「リフトに乗るため」なのだ。空を飛ぶのが好きらしい。のくせに、軽度の高所恐怖症。
「じゃあぼくも」
いつもは気が弱いくせに、ちょっと運動できるからって調子に乗ってる優翔もついていくみたい。
「いってらっしゃい」
ちょっぴり皮肉じみた口調で送り出したけれど、ついに二人が気がつくことはなかった。
リフトの乗降口に吸い込まれていく諒と優翔を見送って、あたしたちは一息つく。
「あいつら、悪いやつじゃないんだけど」
杏がぽつりと呟いた言葉に「……そうね」と千里が同意する。
「なんか、ちょっとウザいっていうか」
海斗が杏の言葉の続きを拾う。
あたしはを噤んだまま、小さく首肯した。これがドーチョーアツリョクってやつか。あたしは二人のことが、苦手だ。それでも、嫌いとまではいかない。同じサークルの仲だし、嫌いという感情を抱いてはいけないと思っている。
「初心者用のとこ、もう一回滑りに行こうよ」
スキーストックを手にとり、千里が言った。あたしたちの周りのビミョーな空気が霧散する。
リフトに乗り、足をぶらぶらする。あたしの隣は海斗。千里と杏が二人で先にのってしまったから、あたしは海斗と乗る羽目になってしまった。
「すっごい白いね」
足の下に広がる雪を見て、あたしは呟く。海斗は頷き「そりゃ、新潟は雪がいっぱい降るらしいからね」と言った。そんなことは知っている。あたしは口を尖らせた。
「今度あたしたちが旅行に行くならどこが良いと思う? バヌアツ、とか?」
「それもいいかもね」
海斗が小さく笑った。あたしとしてはボケたつもりだったから、もっと笑ってくれたほうが嬉しい。
ふと山の頂上の近くを見上げる。あそこまでリフトがあるとか、本当に人間は凄い。
「あれっ」
ぼーっとそのまま見ていて、ビビった。心配したように海斗が覗き込んでくる。
「いや、あっちの、上の方にヘンな煙が見えたから。煙っていうか、魂が抜けるって感じ?」
「あはは、なんだそれ」
あたしはクソ真面目に言ったのに、海斗は笑った。つくづくコイツは笑うところと笑わないところが逆なのだ。
そうこうしているうちに、リフトが終わりに近づいた。地面につく角度をよく考えながら、気を付けてリフトを降りる。
少し前にリフトを降りていた杏と千里と合流し、四人で雪の上を駆け抜ける。
……あぁ、本当に楽しい!
幸福の時間はすぐに過ぎ去り、終着点は一瞬で訪れる。
やめられなくなったあたしたちは、その後何度も繰り返し滑り降りた。
プルルル、プルルル
「どうした?」
海斗のスマートフォンが振動し、着信を知らせる。
耳に当て通話を始めた海斗は、しかしそんな場合ではないとわかったようでスピーカーにした。周りにいるあたしたちにも聞こえるようにするためだ。
『なっ、なぁっ、助けてくれっ! 優翔のヤツ、裏切りやがっ』
ツーツーツー
通話は向こうから一方的に切られた。鼓膜には諒の悲痛な叫び声がこだまする。声の他にも、強い吹雪でうちつける雪や揺れる木々の音が聞こえた。
「平和じゃないね」
杏がぽつりと呟く。不穏な言葉だ、”裏切り”なんて。
「諒が裏切ったって……二人だけの時に? そんなの……本当に?」
千里は信じられない様子だ。私も信じられない。信じたくもない。
「とりあえず、一個上まで行くリフトに乗って、二人を探す?」
海斗の提案に、千里が首を振った。
「通報が先よ」
ご尤もだ。千里はすぐに電話をかけ始めた。
「俺、二人がいないか見てくるわ」
海斗はそう言い残して、リフトの方へ急いで滑っていった。
杏と目が合う。しかたがないね、というふうにお互い肩をすくめた。知り合いが死ぬかもしれないのに、お気楽なものだ。
数十秒で千里が戻ってきた。
「あれ? 海斗は?」
「あいつら探しに行くって、滑りに行った」
杏の返答を聞くと、千里が血相を変えて滑りだした。
「どっ、どうしたの?」
「警察が、四人で一緒にいてくださいねって」
「そんな急がなくても」
「とにかく、海斗に追いつくよ」
千里を追いかけ、あたしと杏もリフトに乗り込んだ。
「海斗!」
リフトから降りたあたしたちは、海斗を探す。幸いすぐに見つかり、合流することができた。
「とにかく、諒と優翔を探さないと」
あたしたちは歩き出した。滑るには、傾斜が急だった。
一歩ずつ、一歩ずつ、正確に。
まもなく、視界が白に染まった。隣で、千里の震えた声がした。
「私……私、これ知ってる。ホワイトアウトって言うのよ」
「ホワイトアウト?」
あたしは声を張り上げた。いつの間にか風が強くなっていた。隣りにいるのに、相当大きな声を出さないと届かない。
「吹雪で、方向とかがわからなくなるの。とっても危険な状態よ」
スキーウェアに雪がうちつける。千里の言う通り、目の前が真っ白だからどっちに進めば良いのかわからない。
「どっちに進めばいいのよっ!?」
杏が叫ぶ。まったく同感だ。誰の姿も見えない。ここにはあたし一人なのではないかとも感じてしまう。
「多分こっちだ!」
海斗の叫び声とともに、腕を引っ張られた。その自信に引かれるまま、歩き続けた。
視界から雪が取り除かれていく。前を歩く海斗の姿が見えるようになった。
「よかった、助かったんだ」
思わず、安堵のため息を吐いた。その瞬間、海斗が振り向いて言った。
「安心するのは、まだ早かったかもよ?」
刹那、手刀が首筋に叩き込まれ、あたしは気を失った――
***
死んだな。
まさか、海斗に裏切られるとは思わなかった。警戒していたのは、優翔くらいだった。もしかしなくても、二人はグルだったに違いない。
杏と千里はどうしているだろうか。生きていると良いのだが。
諒も心配だ。苦手だとはいえ、死んでほしいとかは思わない。
とりとめのないことが頭に浮かぶ。しばらくして、意識が浮上した。
「……あれ? あたし、生きてる?」
目に入ったのは、白い天井。そして、点滴のチューブ。
「ここは、病院?」
「目が覚めましたか」
ベッド脇から、看護師さんが話しかけてくる。
「あ……はい。あたしって、生きてるんですか?」
聞いてから、愚問だと思った。今話せていることが答えではないか。
「はい、心臓動いてますよ。脳死状態でもありません」
いかにも医療関係者らしい返答だ。生きてるってなんだろう、と一瞬思ったが、思考の海に沈む余裕はない。
「あたし、なんでここに……?」
「スキーをしていたことは覚えていますか?」
質問に質問で返された。記憶はあるので、軽く頷く。
「記憶には問題ないですね。あなたはスキー場で雪の上で気絶していたところを見回っていた職員に救出されました。今のところ、あなたを含めて五人が救助され、うち二人が死亡が確認されています」
……ちょっとまって。五人?で、死亡?
「誰が、死んだんですか?」
呼吸を整えながら、聞く。平静を保たなければ。
「男性が二名と聞いています。お知り合いですか?」
間違いなく、諒と優翔だろう。
「杏! 千里!」
病院の休憩室でハイタッチをして再会を喜ぶ。再会と言うほど時間は経っていないと思ったが、どうやらあの日から三日経っているらしい。ずっと寝ていたとか。
「諒と優翔が死んだよ」
杏が平坦な声で告げた。
「海斗は見つかってないって」
千里も言った。
「やっぱりそうなんだ」
五人、というのは聞き間違いではなかった。
「それでね、不可解なのがさ」
一通り話した後、杏が「謎」を切り出した。
「諒と優翔、私たちに電話をかけてきたときにはもう、死んでたんだって」
「どういうこと?」
「そのまんま。足跡とか、目撃情報とか、遺体の状態とか、全部見て、そのときにはもう死んでただろうって」
杏のその言葉に、私はリフトから見たあの煙を思い出していた。
<前日譚>
「なぁ、今度スキー行くって話あるやん」
サークルの男三人で入った居酒屋で、海斗が話題を振った。
「サークル仲間で行こうっていうあれだろ」
「そ。それでさ、いっちょ勝負をしないか?」
海斗の提案に、ぼく――優翔は頷いた。
「乗った。どんな勝負?」
「三人で滑って、一番速かった奴が梨子にコクる」
海斗がニヤッとしながら答えた。焦ったような顔で諒が反応する。
「ちょっとまてよ、俺、別に梨子のことなんか……」
否定するが、バレバレなのだ。
「いい加減認めろよ。ここにいる三人で奪い合ってる、オーケー?」
「よくない!」
諒はあがくが、無駄だ。
「禁止事項は?」
ぼくは諒の声を遮るように海斗に聞いた。
「ん、殺すの以外はアリ。あと取引はナシ」
「物騒だな」
喚き散らす諒を散々煽って、その日はお開きになった。
「なぁ、優翔。今回の勝負、譲ってくれないか」
「諒、はやまるなよ。取引はナシじゃないか」
「頼むよ」
土下座で懇願する諒を見下ろし、ぼくはもう一つの禁止事項を犯すことを決意した。




