第88話 安心
「はぁ……はぁ……」
シン、と静まり返った部屋にノンの荒い息遣いだけが響きます。熱の対策は万全でしたがそれでも完治するには時間がかかってしまうもの。発熱に慣れている彼でもこの時間だけは少しだけ滅入ってしまいます。
(今日は何もできなかったなぁ……)
そう考えながらも発熱の原因は明らかに頑張りすぎでした。むしろ、三か月もの間、一日も休むことなく、勉強会や修行を重ねていたのにこれまで平気だったのがおかしいのです。もしかしたら、今世のノンは体が丈夫なのかもしれません。
ですが、彼としてはもう三か月も経ってしまった、と焦る気持ちもありました。その間、エフィたちはノンのことを心配して探しているでしょう。危ない橋を渡って怪我、最悪の場合、すでに死亡している可能性だってあります。それを危惧してしまうぐらいには現実が理不尽なものだと彼は前世で嫌というほど思い知らされていました。
(とにかく、今は……早く治さないと……)
焦って無理をしても悪化するだけ。そう自分に言い聞かせて彼は目を閉じました。しかし、発熱による寝苦しさのせいで上手く寝付けないようで暗闇の中でその時が来るのをジッと待ちます。
「はぁ……はぁ……」
こうして、熱にうなされながらベッドで寝ていると嫌でも前世のことを思い出してしまいます。彼は事故や病気のことを受け入れ、それでも生きようと病魔と闘っていました。しかし、それでもこんな夜は明日に対する不安で胸の中がいっぱいになってしまいます。
もしかしたら、この世界に転生したことは前世で死ぬ直前に見ている長い夢で、このまま眠ってしまえば目を覚ますことなく、そのまま死んでしまう。そう考えて心がキュッと締め付けられました。
「ノン、入るぞ」
そんな悪い考えを弾き飛ばすようにすっかり聞き慣れた女性の声が聞こえます。そして、カチャリ、と微かに扉の開閉音が鳴り、ベッドの傍に人の気配を感じました。
「寝てるのかしら?」
「そうだな……少し無理をさせてしまったんだろう。これは反省だ」
部屋に入ってきたのはオウサマとテレーゼでした。彼女たちはノンの様子を見に来たのでしょう。目を閉じていたため、すでに寝ていると勘違いしているのでしょう、ノンの様子を伺いながら小声で話し始めてしまいます。
(なんか、起きにくい……)
様子を見に来てくれるとは思わず、最初のアクションが遅れてしまったせいで起きていると告げるタイミングを逃してしまいました。
「花魔法はいらないって言ったけど……これぐらいはさせてね」
ジッと二人が去るのを待っていると微かに魔力の気配を感じます。そして、彼の枕元にパサリと何かが置かれました。それと同時に心が安らぐような優しい匂い。
「む? タオルがすっかりぬるくなってしまっているな。どれ」
それから額に置かれていたタオルが取られ、再び魔力の放出。その後、そっと冷たいタオルが元の場所に返ってきました。
「それじゃ、おやすみ。ノンくん、早く元気になってね」
「ああ、お前に教えたいことがたくさんあるんだ。こんなことでへこたれるなよ」
そんな励ましの言葉を残し、二人は部屋を出ていきます。数分ほど経ってから彼は体を起こし、額から落ちてきたタオルをキャッチしました。オウサマの魔力の残滓を感じるそれに思わず笑みが零れてしまいます。
そして、枕元へ視線を移すと花占いの時に彼が選んだ白い花が置かれていました。ノンの体がビックリしないようにほんの僅かな魔力を使って咲いたそれはきっと、一晩と経たずに枯れてしまうでしょう。
そう、あんなに花が大好きな彼女が枯れてしまう花を咲かせたのです。この花に込められた思いを彼はしっかりと受け止めました。
「もう、ずるいなぁ」
そんな二人の優しさに触れたノンは安心したようにベッドへ横になり、すぐに眠りにつきます。明日の朝一番に元気な姿で彼女たちへお礼を言うために。
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