第5話 父親
「―――――――――」
(今日は色々あったなぁ)
初めて使用人の獣人と会ったその日の夜、ノンはいつものように母親にだっこされながらあやされ、寝ようとしていました。ですが、今日は珍しくそこまで眠くないようで彼の脳裏に浮かんでいたのはあのメイド服を着た獣人の女性。
彼女は掃除が終わった後、すぐに部屋を出て行ってしまいました。そのため、それ以上の交流はできなかったのです。
(ちょっと触ってみたかったかも)
思い浮かべるのはふさふさな耳と尻尾。前世では動物を飼っていなかったこともあり、あまりそれらと接する機会はありませんでした。ですが、動物好きでなかったとしてもあんなふさふさなものを見せられては触ってみたいと思うのは無理もないでしょう。
「―――――?」
どうやったら触れるかと考えているノンを見て母親は少しだけ不思議そうに首を傾げました。いつもならすぐに寝てしまうのにいつまで経っても寝る様子のない彼を見てどうしたのだろうと思っているようです。
(……ん?)
そんな母親の様子に気づかず、悶々と考え込んでいたノンでしたが不意に部屋の外が騒がしいことに気づきました。普段は部屋の外の音はさほど聞こえませんが今回は誰かの話し声が聞こえます。
(男の人?)
部屋の外から聞こえてくるのは音ではなく、声でした。その声音から察するに男性のようです。更に少しずつその声が大きくなっていくのでこの部屋に近づいてきているようでした。
「―――――――――!!!」
そして、ダンという音とともに部屋の扉が開かれました。薄暗くしていた部屋に射し込む光。そのせいで入ってきた人物の顔は逆光でよく見えませんでした。
「――――――」
ですが、入ってきた人物は獣人のメイドさんに頭を叩かれます。赤ん坊がいる部屋に大きな音を立てながら入るのは正直、褒められた行為ではありません。
「っ! ――――!」
「ふふっ……―――――? ―――!」
部屋に入ってきた男性もすぐに理解したようで獣人のメイドさんにペコペコと謝っています。そんな二人の様子を見て母親はくすくすと笑い、嬉しそうに話しかけました。
「――――。ノン――――?」
「―――」
男性は母親に何かを問いかけたようで彼女はノンの様子を見る。見られた彼は何だろうと首を傾げます。もちろん、まだ首は座っていないので傾げられないため、実際にはキョトンとするだけでしたが。
「――――――」
「――――!」
しかし、それだけで母親は一つだけ頷き、男性へと声をかけます。すると男性は嬉しそうに何かを言い、部屋の灯りを点けようと壁に掛けられているランプのような装置に近づきました。もちろん、ノンが見慣れている電化製品類はありません。ですが、男性が壁に掛けられている装置に手で振れると部屋がフッと明るくなりました。
(もしかして、この人が……)
部屋が明るくなったので男性の風貌が明らかになり、ノンは息を呑みます。
まず目に入るのはその真っ赤に燃えるような赤い髪。そして、服の上からでも鍛え抜かれた肉体。そして、最も目立つのは頬にある大きな切り傷です。ですが、そんな傷すら気にならないほど彼の笑顔は太陽のように明るいものでした。
「ノン、――――――!」
その男性はノンに手を伸ばすとゆっくりと抱き上げます。間近で見るとなかなか迫力のある男性ですが、その目には愛おしさが見て取れました。
「あーうー」
「ッ?! ―――、――――?」
だからでしょうか。ノンは特に泣きもせずに男性へと手を伸ばします。そんなノンを見て驚いた様子で目を見開き、何かを問いかけてきました。その言葉の意味はわかりませんが、ノンは構わずに男性に手を伸ばし続けます。
(お父さん……)
そう、ノンは本能的に彼が父親だと認識したのです。だからこそ、赤ん坊の体も傷や大きな体に怯えずに手を伸ばすことができました。
「―――――……」
それが嬉しかったのでしょう。男性はくしゃりと顔を歪ませた後、ノンを潰さないように抱きしめます。
こうして、ノンはやっと両親に出会うことができたのです。
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