第61話 覚悟
「……」
お金の話を聞いた日の夜、ノンは天井を眺めながら白い包帯を操作していました。伸ばしたり、先端をくねらせたり、硬質化させたり、とよほど包帯との相性がいいのでしょう。その動きは数日前よりも段違いによくなっていました。
ですが、頭の中ではオウサマの言葉が繰り返されており、集中できているとは思えません。
(やっぱり、そういうこと……だよね)
彼女はお金の話をした時、真っ先に宿の相場を教えました。それはつまり、彼女もまた最悪の事態――ノンが自分の足で家に帰ることを視野に入れているのでしょう。
考えていなかったわけではありません。むしろ、そのために包帯の練習をしていました。
しかし、オウサマも同じ考えをしている場合、話は変わってきます。
ノンがこの国に滞在しているのは彼女が試したい方法がいくつかあり、その準備に少し時間がかかるためでした。あれから一週間ほど経ちましたが今のところ、オウサマから詳しい話は聞かされていません。
そして、今回、宿の相場を教えたのはオウサマ自身も試したい方法には確実性がなく、ノンと同じように最悪、自力で家に帰るしかないと考えているのです。
これからノンは一人で旅をすることでしょう。その途中、宿に泊まることだってあるはず。だから、お金や宿の話をしたのです。少しでもその旅に役に立てるように。
「……」
覚悟はしていたつもりでした。しかし、その認識が甘かったと言わざるを得ません。だって、そう考えた瞬間、一人で旅をするのが少し、怖いと思ってしまったのですから。
(準備はちゃんとするつもり、だけど……)
ノンはこれまで一人で生活をしたことはありません。今世はもちろん、前世も事故に遭う前は家族と暮らしていましたし、入院している時も医者や看護師、幼馴染家族が傍にいてくれました。
ましてや、旅なんてもってのほか。行ったとしても旅行ぐらいであり、家族同伴。移動やお金も全て両親に任せていたものです。
そんな子供にゴール地点すらわかっていない旅ができるのか。そう問われたら自信はありません。まだ準備を始めたばかりですが、足りないものばかり。果たして、彼が旅に出ようと自信を持って言える日はいつになるのでしょうか。
「……」
ですが、やるしかありません。精霊の国も居心地がいいのは確かですが、それでも家に帰りたい。家族と一緒に暮らしたい。そう思わずにはいられませんでした。
前世の分まで楽しく生きよう。家族と過ごそう。素敵な人生にしよう。
それが今のノンの夢です。当たり前な幸せを噛みしめたい。大人になったら別の夢を持つかもしれませんが、今はそれだけで十分でした。
「……よし」
白い包帯がうねうねと動く中、ノンは改めて覚悟を決めます。
どんなに大変な旅になろうと、どれだけ時間がかかろうと、絶対に家に帰ろう、と。
そう考えながら目を閉じ、彼はそのまま眠りにつきました。
「グッッッモーニング! 小さな坊や! ご機嫌はいかが!?」
「……は?」
そして、目を覚ました直後、ごりっごりの金髪縦ロールな妖精が鼓膜を突き破りそうなほどの声量でノンのご機嫌をうかがってきました。
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