第3話 母親
赤ん坊――ノンの朝は、時々早く、時々遅い。赤ん坊ですから仕方ありません。
彼が目を覚ますのは早朝の時もあればお昼に近い時間の時もあります。時計のような時刻を知らせる機械はこの部屋にはありませんが日の高さで何となくわかるようになりました。
「あーう」
目が覚めた彼はキョロキョロと周囲を見渡し、母親の姿を探します。お昼前に起きた時は大抵、愛おしそうにベビーベッドの上から彼を眺めている彼女ですが、今日は早めに起きられたこともあり、まだ部屋に来ていないようです。
「……」
この部屋に誰もいないことを確認した後、ノンはそっと目を閉じます。決して、二度寝ではありません。
(神様、今日も見守っていてください)
彼は起きた後、自身を転生させてくれたであろう神様に祈りを捧げているのです。もちろん、彼自身、神様に会ったわけではありません。ですが、微かに彼の幸せを願ってくれた声を覚えていました。
その声の主を神様だと捉え、毎朝、感謝の言葉を心の中で告げているのです。もし、この世界に彼を転生させた神様が存在し、信仰されているのであれば彼は熱心な信者になるでしょう。
「ノン? ―――?」
「あーう」
丁度、祈りが終わった頃、ガチャリと音を立てて母親が部屋に入ってきました。やっと、踏ん切りがついて名前を呼ばれても泣かなくなった彼は起きていることをアピールしようと手足をバタバタさせます。
「ふふっ。―――? ――――!」
『今日も元気そうね』と笑う女性にノンは少しだけ嬉しくなります。まだこの世界の言葉を理解したわけではありませんが、彼女の言葉が何となくですがわかるようになってきたのです。
「ノン、―――――――」
また、彼女は彼の名前を言った後、言葉を続けるようにしています。おそらく、赤ん坊に自分の名前を憶えさせようとしているのでしょう。彼はすでに物心がついているため、すでにあまり意味のない行為ですが、彼女が自分の子どものことを考え、行動していることに他なりません。
「きゃっきゃっ」
「~~~~~!! ノン、―――――――!」
素敵な母親だな、と思うと赤ん坊の体はそれが嬉しいと捉えたようで自然と笑い声を漏らしてしまいます。愛くるしい我が子の様子に彼女はノックアウトされ、腰をくねらせて悶え始めました。
(早くお話ししたいなぁ)
産まれて間もない彼の体は言葉を発するのにはまだ早く、寝返りすら打てません。それが少しだけもどかしくもあり、こんな時間がいつまでも続けばいいと願ってしまうのは前世の経験のせいでしょうか。
「――」
「ッ!?」
わいわいと楽しい親子時間を過ごしていると彼女はいつものように人差し指を立てます。そう、魔法の時間です。それがわかったノンは動きを止め、わくわくした様子でその時が来るのを待ちます。
「……『―――――』」
しかし、どうやら今日はいつもの魔法の球ではないようです。彼女は目を閉じ、ボソリと何かを呟きました。すると、彼女の指先から小さな水の球が生み出されます。質量のあるそれは宙に浮き、プルプルと震えていました。
「っ――」
ここで新しい魔法が見られるとは思わず、ノンは目をキラキラさせてその水球を見つめます。そんな彼の様子を見て母親はイタズラが成功した子どものように口元を緩め、人差し指を軽く振るいました。その動きに合わせ、僅かに水滴を飛び散らせながら水球も動きます。
(すごい……こんなこともできるんだ……)
目の前で揺れる水球を彼は夢中になって見つめます。成長したら自分も魔法を使いたい。そう願わずにはいられません。
「――――? ―――、ッ!?」
そんな息子の様子に彼女は得意げに水球をぶんぶんと操りますが、集中力が切れてしまったのでしょうか。人差し指から水球が離れ、真上へと射出されてしまいます。そして、そのまま彼女の頭へ直撃してしまいました。
「……」
「……きゃっきゃっ!」
「……――――」
ポタポタと金色の髪から水滴を垂らす彼女を見てノンは申し訳なくも思いながらも笑ってしまいます。そんな彼の様子に『喜んでくれてよかったわ』と苦笑を浮かべる少しドジな母親でした。
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