第42話 精霊隠し
「でも、それだと森から離れちゃった精霊はもう帰って来れないのでは?」
精霊がノンの家の庭にいた理由はわかりました。ですが、気になることはいくつかあります。その一つが精霊たちはどうやって森に帰るのか、というものでした。
「それはお前も体験しただろう。精霊はこの森にどこからでも戻って来れるんだ」
「あ……」
思い出すのは自分の周囲をぐるぐると回った瞬間、森にいたあの現象です。精霊はいつでも森に戻って来られる能力を持っており、彼はそれに巻き込まれてしまったのでしょう。
「だが、それが少し問題でな」
「問題?」
「ああ、さっきも言ったように精霊は仲間意識が強い。仲間だと思ったものを一緒に持って帰ってきてしまうことがあるんだ」
「仲間……」
庭で精霊と出会った時、彼らは友達に会った時のように嬉しそうでした。あの時点で彼らはノンを仲間だと認識していたのです。
「でも、人間と精霊じゃ見た目が全然違うのにどうして……」
「私がいるからな。人型の精霊がいる、とわかっているからあやつらは人間でも精霊でも仲間だと思ってしまう。それに精霊は普通の人には見えない性質がある」
「え、そうなんですか!?」
まさか常人には見えない存在がいるとは思わず、ノンは声を荒げてしまいます。確かに初めて精霊たちと会った時、彼らは見えていることに驚いているようでした。
「更に精霊は子供に友好的でな……それもあって自分たちが見える子供を仲間だと認識して連れて来ることがよくある」
「それが……僕だったんですね」
「ああ、人間はその現象を『精霊隠し』と呼ぶ。これまで精霊の代表を務めている個体が責任を持って連れて来られた子供たちを家に帰していた。まぁ、その時に迷惑料としてちょっとしたものを送っている」
「ちょっとしたもの?」
「基本的には宝物庫に案内して欲しいものがあったら渡している。精霊たちが適当に持ってきた物を放り込んでいるだけだからな。ガラクタから思いもしない掘り出しまであるぞ」
『今度、案内してやろう』と楽しそうにオウサマは笑います。きっと、子供たちはガラクタの山を前にして目をキラキラさせて物色するのでしょう。きっと、その光景を思い出して彼女は笑みを浮かべているのです。
(オウサマも精霊なんだなぁ)
精霊は子供が好き。オウサマも例外ではないようです。そうでなければこれほどまで丁寧な対応をしてくれないでしょう。
「物を欲しがらない子もいますけど、その場合はどうするんですか?」
「その時、【ステータス】でその子の才能を見てほんの少しだけ力を授ける。スキルとかな」
「スキル!?」
魔法に続き、ファンタジーっぽい要素が出てきてノンは目を輝かせます。
「ああ、そうだ。もしかしたら【ステータス】を弾いたのはスキルの効果かもしれんな」
「え、僕にスキルがあるんですか?」
「どうだろうな。【ステータス】で覗いて初めてわかるからお前の場合、確かめようがない」
他者からの【ステータス】を弾き、自分は魔法が使えない。確かにこれではスキルの有無を確かめる方法はなさそうです。
「そっかぁ……」
「はっはっは! お前にも子供らしいところがあるんだ」
「え、ま、まぁ……子供ですから」
「そういうことにしておこう。まぁ、そんなことを繰り返していたから人間たちは『精霊隠し』が起こると喜ぶようになったがな。魔法使いなら独特な残滓を読み取ればすぐに気づくからお前の母親も……いや、すまない。あまりに軽率な発言だった」
呟くように零す彼女でしたが、すぐにハッとしてノンへ謝罪しました。人間たちが『精霊隠し』を喜ぶのは子供がオウサマから何かを授かって無事に帰ってくるからです。子供が帰ってくるとわかっているから一時的にいなくなっても喜べるのです。
ですが、ノンはたった一つの例外。エフィも最初は喜ぶかもしれませんが彼が帰って来なければ話は変わるでしょう。
「……ううん、気にしないで。僕は大丈夫だから」
「……では、今日の話はここまでにしよう。朝食ができたら呼ぶから自由にしていてかまわない」
ノンの言葉に嘘はありません。昨日、大泣きしたおかげで彼は本当にそこまで焦っていいなかったのです。
しかし、彼女はその言葉をどのように受け取ったのか。少しだけ悲しげな表情を浮かべたオウサマは立ち上がり、そう言って部屋を出ていきました。何となくそれを見送った後、ノンも彼女と同様に部屋を後にします。
ほんの少しだけ確執を残したまま、本格的に精霊の国での暮らしが始まったのでした。
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