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英雄くんはおうちに帰りたい  作者: ホッシー@VTuber
第一章 英雄くんはおうちに帰りたい
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第39話 夕食

「――ン。おい、ノン」


 微睡みの中、優しく体を揺らすのは誰でしょう。仄かに鼻孔をくすぐる木の匂い。そして、いつも使っているものとは肌触りの違うベッド。


「ん、あれ……」


 それを感じながらノンは目を覚まします。そして、視界に飛び込んできたのは圧倒的な青でした。


「夕食ができた。起きられるか?」


 そう、その青こそ、彼が滞在することとなった精霊の国の代表、オウサマです。彼女はノンを見下ろしていました。


(ああ、そっか。僕……)


 精霊のすし詰めを目撃した後、オウサマが精霊たちを蹴散らし、彼は部屋で過ごしていました。ですが、深い森の中を歩いたり、螺旋階段を昇ったり、家族と離れ離れになってしまったことで疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまったようです。


「ごはん?」

「ああ、口に合うかわからないが……食べてくれるか?」


 オウサマはどこか不安そうにノンへ問いかけました。子供は繊細な生き物。ノンがどれだけしっかりしていようと家族と離れ離れとなり、食欲を失ってしまうことだってあります。


(ホントに、いい人……ううん、精霊だなぁ)


 オウサマは少し変なところはありますが、ノンを気遣ってくれます。それだけでなく、ノンを家に帰せないとわかった時、悔しそうにしていました。責任感も強く、誠実な精霊なのでしょう。


「……もちろん、食べるよ」

「そ、そうか……では、案内しよう。ついてきてくれ」


 頷いたノンを見てホッと安堵のため息を吐いた彼女はそれを誤魔化すように彼へ手を差し伸べます。少しだけキョトンとしてしまいましたが、その手を掴んで素直に体を起こされました。


 それからオウサマと共に彼女の部屋へと入ります。玉座と地球儀に似た魔道具以外になかったはずですが、今は食卓が用意されていました。


「たまに知り合いが遊びに来る時に使っているものだ。今日から私と一緒に食事を共にしてもらうがいいか?」

「はい、大丈夫です……けど、精霊もご飯を食べるんですね」

「ああ、精霊は食事を必要としない。だが、私は肉体があるからな。娯楽の一つとしてたまに食事する」

「え、たまに? でも……」

「ああ、一人でご飯を食べるのは寂しいと知り合いから教えてもらってな。こんな私でよければ一緒に食べさせてほしい」


 そう言ってオウサマはノンの手を取り、小さな椅子へと座らせます。そして、すぐに反対側へと回って席に着きました。


「お前たち、持ってこい」


『はーい』

『ごはんー』


 彼女がパン、と手を一つ叩くと扉から精霊たちが我先にと部屋へ飛び込んできます。彼らの手には高級そうなお皿やコップなどの食器がありました。


『これつかってー』

『たのしんでー』


「う、うん……ありがと……」


 子供っぽい精霊たちですが、食器類を丁寧に配置してノンへ声をかけた後、オウサマの後ろへ移動します。


「さぁ、次はご飯だ。こぼすなよ」


 再び、オウサマが手を叩くと今度は美味しそうな果物や大きな鍋をえっちらおっちらと協力して精霊たちが運んできます。飲み物も用意したようでワインボトルを持っている子もいました。


 それらをお皿やコップへ。綺麗な光の球たちがてきぱきと配膳してたちまち、食事の準備ができました。


「……」

「さて、これでばっちりだ。ぜひ、楽しんで……ノン?」

「ぇ……あ……」


 その光景を茫然として見ていたノンですが、オウサマの声で涙を流していることに気づきました。慌てて拭いますが、涙は一向に止まってくれません。


(どう、して……)


 綺麗な精霊たちが協力して食器や食事を運び、配膳する光景があまりに幻想的でした。これこそ、彼が夢に見たファンタジーの世界だと今、やっと自覚して感動したこと。


 そして、なにより、彼らはノンが少しでも楽しめるように、と準備をしてくれた。少しでも寂しさが紛れるように、と寄り添ってくれた。ノンの不安が軽くなるように心を込めて動いてくれたことが嬉しくて、嬉しくてたまらなかったのです。


 そんな精霊たちの気遣いや想いは彼が心のメッキを剥がし、寂しさや不安を曝け出させたのです。


 ノンは前世の記憶を持つ転生者。ですが、前世では事故により、家族を失い、最後まで病室から出られず、結局、そのまま死んでしまいました。


 そんな辛い過去を持つ彼が再び手に入れた幸せ。特に家族との時間。それがいきなり、なくなってしまったのです。方法はまだあるとしても不安で心が押しつぶされないわけがありませんでした。


「……ノン」


 ボロボロと涙を零すノンにオウサマは立ち上がり、彼の傍へ寄り添います。そして、優しく彼を抱きしめました。


「お前は強い子だ。聡明で、自身を律する精神力を持つ、とても優しい子。だが、まだ子供だ。だから、ここにいる間は存分に甘えてほしい」

「ぐっ、ぁ……ああああああああ!」


 彼女の言葉がきっかけとなり、ノンは大声をあげて泣き始めます。


『のんー』

『ごめんねー』

『げんきだして』

『だいすきだよー』


 そして、精霊たちも自分がノンに悪いことをしたと思ったようで謝ったり、慰めるようにキラキラと輝きながら彼の周りを飛び回ります。


 その光景は彼が亡くなったクリスマスの日に見る、イルミネーションのようでノンは一生、忘れないだろうと泣きながらそう思いました。

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