第1話 転生
少し薄暗い部屋に赤ん坊の泣き声が響いています。その赤ん坊は柔らかいベッドで手足をジタバタさせて大暴れ。しかし、その顔は赤ん坊らしからぬ驚愕に染まっていました。
(こ、ここは?)
その赤ん坊には前世の記憶がありました。事故に遭い、大怪我を負って入院し、その怪我によって併発した病気によって亡くなった幼い男の子。それが今もなお、ぎゃあぎゃあと喚いている赤ん坊の前世です。
(もしかして、転生?)
長い入院生活の中、彼はよく漫画や小説を読んでいました。その中に『異世界転生物』も紛れていたようで自身が置かれている状況に混乱しながらもすぐに感づきます。
ですが、『転生したぜ、やっほーい』と喜んでいる場合ではありません。『異世界転生物』はまさに無数にあり、その中に生まれ変わってすぐに捨てられたり、殺されそうになったりと大変な目に遭うものもあります。
(えっと……部屋は、綺麗かな)
冷静を装って部屋の観察をする赤ん坊ですが、現状も泣き続けています。彼自身、泣き止みたいのは山々ですが、赤ん坊の体は感情に素直なようで涙を止められませんでした。
(部屋の作りは日本っぽくない? ベビーベッドからだとよく見えないや)
幸い、自身が横になっているベビーベッドは清潔であり、裕福とはいわずともそれなりに稼ぎのある家に生まれたようです。それだけでもラッキーというべきでしょう。
しかし、あくまでも日本で育った彼の主観の話。もしかしたらこの世界の生活水準は極めて低く、清潔なベビーベッドを用意するだけでも一苦労な場合も考えられます。
「――――?」
その時、不意に扉の開閉音が部屋に響きました。寝返りすら打てないほど幼い彼は音がした方へ顔を動かそうと懸命にもがきます。しかし、赤ん坊の体はあまりに不自由であり、結局、その声の主が上から覗き込むまでバタバタするだけでした。
「―――――、―――。――! ―――?」
彼を覗き込んだのは綺麗な金髪を持つ、美しい女性。それも日本人とは造形の違う西洋人のような顔立ちでした。
(え、えっと? なんて言ってるんだろ?)
ジタバタしながら泣いている彼に女性は少しだけ慌てた様子で色々話しかけますが彼は転生したてほやほやの赤子。彼女の言葉を理解できるわけもなく、はてなを浮かべるしかありません。少なくとも英語ではなさそうですが、異世界転生ではなく、地球に生まれ直した可能性も否定しきれない今、少しでも情報が欲しいところです。
「―――――……――!」
そんなことを考えていると女性は考える素振りを見せた後、パッと花が咲いたように笑みを浮かべました。なかなか泣き止まない彼をあやすいい方法を思いついたようです。
「―――……」
彼女は慎重に泣いている彼を抱き、優しく揺らし始めました。確かに女性が取った行動は赤子を泣き止ます方法としてはポピュラーなものです。
(ど、どうしよ……全然、泣き止めないや)
しかし、残念ながら彼女が抱いている赤子は普通の子ではありません。すでに物心のついている彼は揺らす程度では泣き止むことはできず、むしろ、あやしてもらっているのに泣き止めない申し訳なさが助長し、更に激しく泣いてしまいます。
「―――――? ――……」
揺らすだけでは駄目だとわかったのでしょう。彼女はキョロキョロと助けを求めるように周囲を見渡します。ですが、チラリと見えましたがここには彼と女性以外には誰もいません。きっと、彼女自身、それはわかっているはず。おそらく彼を泣き止ませるヒントがないか探しているのでしょう。
「……―――!」
いいことを思いついた。そう言わんばかりに口元を緩ませた女性は一度、赤子をベビーベッドへ戻します。まだ首が座っていないからか、その手つきは驚くほど慎重でした。
「――」
「ッ!?」
それから彼女は赤子の目が自分に向いていることを確認し、右手の人差し指を立てます。そして、その指先が淡く輝き始めました。僅かに緑がかっているその光を見た彼は大きく目を見開き、驚きのあまり、涙はどこかへ引っ込みます。
(ひ、光ってる!?)
地球生まれ日本育ちの彼にとってそれまさに未知の存在。そんな不思議な光にすっかり夢中になってしまった彼は届くはずもないのにその光を掴もうとバタバタと手をばたつかせます。そんな光景を見て女性は安堵のため息を吐いた後、優しく微笑みました。
これが彼が初めて目にした魔法の光だったのです。そして、これから幾年もの間、語り継がれる伝説の始まりでもありました。
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