第33話 名前
「おほん……すまない、いつもならもう少し聞き分けがいいのだが」
「いいえ、大丈夫ですよ」
あれから家に帰す、帰さない問答を繰り広げていたオウサマと精霊たちでしたが、埒が明かないと判断した彼女が精霊たちを部屋から叩き出すことで決着が付きました。なお、精霊たちは納得しておらず、圧政に屈しないと反旗を翻し、扉の向こうで今もなお、デモ活動を行っています。
「さて、改めて本題に入ろう」
「お願いします」
これでやっと家に帰られる、とノンは小さく息を吐きました。あんなに自分を好いてくれている精霊たちと別れるのは少しだけ寂しいですが、彼には帰る家があります。またいつか会える日を楽しみにしましょう。
「では、名前を教えてくれないか?」
「名前ですか?」
「ああ、これは行方不明者や犯罪者を探す魔道具でな。使えば現在地や過去にどこにいたかわかる。そうすればお前がどこに住んでいたかわかる、というわけだ」
そう言いながらオウサマが巨大な地球儀を指さしながら説明してくれます。その魔道具を見ながらもしかしたらこの世界は地球と同様に丸い惑星なのかもしれない、とノンは他人事のように考えました。
「すごい魔道具ですね」
「まぁ、使用者がしっかりと対象の人物を思い浮かべながら名前を呼ばなければ起動しない。魔力消費量も馬鹿げているから使用者も限られ、頻繁に使えないなどの欠点だらけだが……さて、お前の名前は?」
「ノンっていいます」
「ノン……それだけか?」
「……え?」
思いがけないオウサマの問いに彼は少しだけ困惑してしまいます。ですが、そこまで深いものではなかったのか、彼女は特に気にすることなく、玉座から立ち上がり、魔道具の前に立ちました。
「とりあえず、やってみよう。ノン」
「ッ……」
魔道具へ片手をかざしながらオウサマはボソリと彼の名前を呟きます。その瞬間、ノンは凄まじい力の奔流を感じ取り、背筋が凍りつきました。彼女の言う通り、この魔道具を使うには相当な魔力を消費するようです。
「……反応なし、か」
しかし、オウサマの反応は芳しくありませんでした。どうやら、失敗してしまったようです。
「ダメ、でした?」
「ああ、おそらくノン、という名前だけでは足りないのだろう。家名があるのかもしれん」
「あ……」
家名。前世でいえば苗字のことです。確かにまだこの世界の基準は不明ですが、彼の家は裕福な方だと何となく察していました。
ですが、問題はその家名をノンは知らない、ということです。エフィやジェードの名前を教えても同じ理由で失敗してしまうでしょう。
「家族以外に知り合いはいないか?」
「使用人がいましたけど……ルーと呼ばれていました」
「明らかに愛称だが、試してみよう。ルー」
オウサマの言葉と共に再び魔力の奔流。ですが、案の定、魔道具に反応はありませんでした。
「……駄目か。だが、お前の家には使用人がいたのか」
「は、はい。獣の耳が付いてるメイドさんです」
「獣人……耳の形は?」
「あ、えっと……」
ルーの耳は狐のそれに似ていました。しかし、この世界に狐と呼ばれる動物がいるかノンは知りません。そもそも、狐はあくまでも地球の生物。狐と同じような獣がいたとしてもこの世界では違う名前で呼ばれているでしょう。
「まぁ、今すぐに確認できるわけでもないから気にするな。お前の家は一般的な過程よりも豊かなようだから一応、両親の名前も教えてくれ。有名な人なら私が知っている可能性もあるからな」
「わかりました。父親がジェード。母親はエフィっていいます」
「……愛称の可能性があるな。少なくとも私は知らない人間だ」
オウサマは小さくため息を吐き、地球儀に似た魔道具から離れて玉座へと戻りました。それだけで名前での探索は打ち切られたのだとノンは察します。
「では、申し訳ないがお前のことを覗かせてもらう」
そして、彼女はノンに向かって右手をかざしながらそう言いました。




