第312話 想い人
「さて、忘れ物はない?」
ミアと一緒に影兎を討伐した次の日、宿屋の前でみんなに話しかけたのはアレッサです。彼女もしっかりと荷物を背負い、旅支度を終えていました。
「はい、大丈夫です」
その声に答えたのはノン。テレーゼから貰ったマジックバックを背中に。そして、どこか嬉しそうにアレッサに頷いてみせました。
「……」
そんな彼らの後ろには外套や布で体をすっぽりと覆った人物が三人。グレイク、アゼラ、ミアの獣人組です。街の中では極力、声を出さない、という方針らしく、アレッサの声に答えず、ただジッと立っているだけでした。
「じゃあ、行くわよー」
「はーい」
そんな三人に苦笑を浮かべたアレッサを先頭にノンたちはボアレの街を後にします。そして、街からそれなりに離れたところでグレイクたちは体を覆っていた外套や布を脱ぎました。
「はぁ、やっぱ慣れねぇな」
「仕方ないよ。獣人なだけで目立っちゃうし」
布を見ながら嫌そうな顔をするアゼラとそんな彼を宥めるミア。ノンのおかげでミアの精神も少しだけ安定しました。これから色々な成功体験をすれば徐々に回復していくでしょう。
「ねぇ、ノン」
「はい、なんですか?」
そんな子供たちを微笑ましそうに見ていたノンですが、アレッサに小声で話しかけられて首を傾げます。昨日の討伐依頼で起きたことはアレッサとグレイクに共有済み。昨日の時点で聞きそびれたことでもあるのでしょうか。
「グレイクのことなんだけど」
「グレイクさん?」
「そう、あいつの幼馴染って……女の子だと思う?」
「はい?」
しかし、彼女の口から出たのはあまりに予想外の言葉だったので彼は思わずキョトンとしてしまいました。
「だって、十年以上、幼馴染を探してるって相当好きじゃなかったらできないことじゃない?」
「えぇ……」
俗っぽい師匠に今度こそノンは呆れてしまいます。魔法と戦いにしか興味がないと思っていましたがどうやら年相応に恋愛話にも関心があるようでした。
「これは完全に女ね。初恋の女の子を助けるために冒険者になって人間の国を探す。うんうん、とてもいい話じゃない」
「聞こえてるぞ」
「ぎょえっ!?」
妄想を膨らませているアレッサの背後にぬっと現れたグレイク。その鋭い眼光にアレッサが汚い悲鳴を上げました。獣人は身体能力に長けている種族。それは五感も含まれており、グレイクの聴力は人間のそれを軽く凌駕しています。
「そんなくだらないこと話してないで周囲を警戒しろ」
「ノンの魔力感知があればよっぽどのことがない限り、不意打ちなんてされないわよ……それより、実際はどうなの?」
「……」
「あ、やっぱり女の子なんだ! ねぇねぇ、どんな子?」
「うるさい。黙って歩け」
アレッサの妄想は意外にも外れていなかったらしく、グレイクは誤魔化すようにそう言ってアゼラとミアの方へ行ってしまいました。
「十年以上、想い続けてるってすごいわねー」
「……うん、そうですね」
感心した様子で呟くアレッサにノンは少し反応が遅れてしまいます。
――のん君!
少しだけ、ほんの少しだけ――まだ幼馴染の女の子を再会できる可能性のあるグレイクが羨ましかった。それに気づいた時、彼は未練がましい己に呆れてしまったのです。
「あ、そうだ。これも聞こうと思ってたんだ」
そんな彼の様子に気づくことなく、アレッサは再びノンの方を見て手招きして耳を貸せと言ってきます。グレイクでも聞こえないような声で続きを話そうとしているのでしょう。
「なんです?」
「ぶっちゃけ、いつぐらいからグレイクのこと、仲間に誘おうって思ってた?」
「え?」
「だって、最初の頃からそこそこ気に入ってたんでしょ?」
「あー……まぁ、そうですね。最初に会った時から?」
その指摘にノンは苦笑を浮かべながら頷きます。しかし、少しだけ曖昧な表現だったため、アレッサは首を傾げました。
「最初からって冒険者ギルドの時?」
「いえ、川を渡った時です」
「え、あの時から!?」
「そうですね。川を渡る時に使ったロープを回収しなかったのを見ていい人だなぁって思ってました」
グレイクは川を渡った時、対岸からロープを結び付けた矢を放ち、木に固定。そして、彼はそのロープをそのままにしてノンとアレッサを追い越し、ボアレの街に向かった。普通、ロープを回収するのが面倒だった、と考えるかもしれません。しかし、ノンはグレイクが今後、川を渡る人がそのロープを使えるように残していったのではないかと思ったのです。
「……はぁ、ノンは良いように考える癖があるわね」
「信じてるって言ってください。それが僕の強さらしいので」
内緒話はここまで。そう宣言するようにノンはアレッサの耳元から顔を離して普通の声量で笑いました。もちろん、その声は少し離れた場所にいる獣人組――ミアにも聞こえているため、彼女は少しだけ驚いた後、嬉しそうにはにかみます。
「えぇ? それ、どういう意味よ」
「内緒です! ねー」
「ふふっ、ねー」
ノンがニシシと笑い、ミアもくすくすと笑顔を浮かべる。そんな彼らを見てアレッサたちは不思議そうに顔を見合わせました。
目指すは獣人の国。アゼラとミアの故郷。道のりは遠いですが、必ず二人は故郷へと戻れる。そう信じて今日も前へと進むのでした。
これにて第四章、完結でございます。
本日は閑話を一話だけ更新いたします。
また、一週間ほどお休みをいただいた後、第五章を開始いたします。
そのため、第五章の更新は2/10(火)とさせていただきますのでよろしくお願いいたします。




