第297話 役目
「ただいまー……って」
あれからしばらく経って外が暗くなった頃、疲れたような声と共にアレッサが女子部屋にやってきました。そして、ベッドに腰掛けるノンと彼の膝を枕にして眠るミアを見つけます。
「……何かあった?」
おそらくノンの表情を見て何かを察したのでしょう。ミアを起こさないように声を小さくした彼女は彼のマジックバックを床に置きながらそう問いかけました。
「……バレちゃいました」
「マジ?」
その一言にアレッサは目を見開いた後、顔を引きつらせます。そのまま小さくため息ついて困ったように頭をかきました。
今のミアは奴隷の時に植え付けられたトラウマに苦しんでいます。更に冒険者として成功しているノンたちや同じように奴隷になったのにすでに前を見ているアゼラと自分を比較してしまい、精神的に追い詰められている状況。付け加えてノンたちに気を遣わせているという申し訳なさも加わり、いつ壊れてもおかしくないでしょう。
きっと、昨日の夜もうたた寝程度しかできなかったのか、ミアは泥のように眠っています。ですが、いずれ眠ることすらできなくなる可能性もあり、早急に手を打たなければならないでしょう。
「今は泣き疲れて寝ちゃいましたけど……起きた後、どうしていいかわかりません」
「……そう」
ミアの頭を優しく撫でながら珍しく弱音を吐くノンにアレッサは何も言いませんでした。アレッサも最適解を持ち合わせいないからです。
「……正直な話をしてもいい?」
「どうぞ」
「私はミアが駄目になったら見捨てるつもりよ」
「ッ……」
ノンは思わず顔を上げてアレッサを見てしまいました。薄暗い部屋の中、彼女はただ無表情でノンとミアを見下ろしています。その目の奥にはミアに対する同情と一緒に覚悟の色があるのに気づきました。
「私はね、ノンが家族と再会するために一緒に旅をしてるの。昨日会ったばかりのその子たちより、あなたの方が大切なの」
「……」
「でもね、それと同時に私はあなたの師匠。あなたが成長できるようにサポートするのが自分の役目だと思ってる」
そう言って彼女はトレードマークのとんがり帽子を脱ぎ、壁際に立っているコート掛けで投げます。帽子は綺麗にコート掛けに引っかかり、その衝撃でカタリと音が鳴りました。
「私はこれからもあなたの選択を尊重する。あなたがしたいことを応援する。でも、あなたのためにならないことがあればちゃんと言うわ。それがどんなに非人道的だったとしても……これだけは譲らない」
「……師匠」
アレッサの真剣な目にノンは何も言えなくなってしまいます。まさかそこまで自分のことを思ってくれているとは思わなかったから。
「このまま何もしなければミアは精神が壊れるわ。そうなればこの旅に多大な支障が出る。最悪、あなたもアゼラたちも家族を会えないまま、共倒れする」
「……」
「ねぇ、ノン。あなたはどうしたい?」
「僕は……」
この旅を始めたのはノンです。それだけではありません。アレッサを巻き込んだのも、ノエルを助けるための魔族と戦ったのも、グレイクを仲間に誘ったのも、アゼラたちをおうちに帰すと約束したのも、全て彼です。家族と再会したいと願いながら彼は背負わなくてもいいものを背負い続けている。そして、その全てが上手くいく保証はどこにもなく、いつか大きな失敗をしてしまうでしょう。だって、彼が何度も言っているようにこの世界はあまりにも理不尽なのですから。
「……」
アレッサの問いにノンはいつまでも答えられず、アゼラから事情を聞き終えたグレイクが女子部屋の扉をノックしたことにより、有耶無耶になって終わってしまいました。
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