第27話 始まり
「……」
言葉を失う、というのはこのことを言うのでしょう。ノンは周囲にそびえ立つ巨大な木を見上げながらのん気にそう思いました。
小さな光の球がグルグルと周囲を回りだしたかと思えば知らない場所に立っている。そのような経験、前世を含めても初めてでしたので彼は正気に戻るまでそれなりの時間を要しました。
『ここー』
『もりー』
『いこいこー』
『どうしたのー?』
「あ、えっと……」
そして、ノンが正気に戻ったきっかけは彼をこの場所に連れてきたかと思われる小さな光の球たちです。ふわふわと浮遊しながら背中を押したり、手を引こうとしていました。背中はともかく、ただ光の球に見えるのにしっかりと手を引かれる感覚があることにノンは困惑してしまいます。
(とりあえず、一人じゃない……)
知らない土地に放り出され、不安になっていた彼ですが小さな光の球の存在に少しだけホッとしました。もちろん、彼をここに連れてきたのは光の球たちなのでマッチポンプそのものであり、ノンもすぐにハッとして光の球たちに警戒心を抱きます。
『こっちこっちー』
『あいさつだいじー』
『いそいでー』
『げんきない?』
「……いこっか」
そんな彼の様子に気づいていないのか、光の球たちはぐいぐいとノンをどこかへ連れて行こうとします。彼らは子供のように無邪気で自分たちがノンを連れ去ったことに罪の意識を持っていないようでした。あまりに無垢な光の球たちに彼は毒気を抜かれ、彼らについていくことにします。
「はぁ……はぁ……」
それからノンは小さな光の球たちに導かれ、深い森を歩きます。しかし、先ほど初めて外に出たばかりの子供にとって迷路のように太い根が這う地面は歩きづらく、その歩みはとても遅いものでした。
『のんびりー』
『ゆっくりー』
『すこしずつー』
『いそがなくていいよ?』
(いい子たち、なんだけどなぁ)
光の球たちもそれに気づき、声をかけて励まします。誘拐したことはともかく、幼い子供を気遣えるような優しい子たちなのは間違いないようでした。
ふらふらと森を歩きながらノンは光の球たちについて考えます。彼らの正体は未だにわかりませんが、少なくともノンを害するつもりでここに連れてきたわけではないのは明白。むしろ、連れてきた方がいいと判断したから連れてきた、と言わんばかりの様子です。
問題はこの先で何が待っているか、でした。彼はまだ幼い子供。できることは限られており、嫌なことがあったとしても抵抗はほぼ不可能です。
「……」
そんなことを考えていると不意に視界を遮っていた木々が少なくなっていることに気づき、その奥に見える景色に思わず足を止めてしまいました。
『ついたー』
『ここー』
『ただいまー』
『だいじょうぶー?』
「ここは……」
深い森の奥――そこに広がっていたのは見上げても頂点が見えないほど巨大な木でした。どこか不思議な力を感じるそれは静謐な雰囲気を纏い、ノンを見下ろしています。
「ねぇ、ここはどこ?」
森の中を歩くことに集中するあまり、聞くことを忘れていた彼は巨大な木を見上げながら光の球たちへ質問します。
『ここはおうちー』
『ぼくたちのー』
『せいれいのくにー』
『しらないのー?』
「精、霊……」
――これはね? 精霊石っていう石がお水を出してくれてるの。
不意にノンはエフィの言葉を思い出します。
精霊。どうやら、彼はファンタジー溢れる生物に精霊の国へ連れてこられてしまったようでした。
これにて序章、完結です。
次回から本格的に英雄くんの冒険(その準備)が始まります!
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