第289話 熱情
「ノン?」
まさかそこまで過剰に反応されるとは考えなかったのでしょう。グレイクは目を見開いてノンを見上げます。
「駄目です……駄目ですよ」
「な、にが駄目なんだ?」
「だって、グレイクさんはまだその子が死んだって情報を掴んでないんですよね? 亡骸やお墓を見てないんですよね?」
十年以上、大切な人を探し続けて、それでも見つからなくて――故郷を滅ぼした人間が憎く、頼れる仲間もいない。ただ、孤独に一人で闇の中を歩き続ける旅。
その旅路は果たしてどれほど苦痛と悲しみに溢れているのでしょう。そして、恐ろしいのがノンも彼と同じ道を歩む可能性がある、という点です。
人間の国を巡る旅。家族を探す旅。そう言葉にするだけなら簡単ですが、実際にはこの二か月で回れた街は十にも満たしません。追加の情報もなく、ただいないということしかわからない果てのない確認作業。当たりを引くまでそれが続く、終わりの見えない旅なのです。
「なら、諦めちゃ駄目です」
しかし、ノンはこの二か月の間、この旅を苦しいと思ったことはありませんでした。大変だとは思っても止めようとは考えませんでした。だって、彼の隣にはいつだって頼れる師匠が歩いてくれていたのですから。
(ああ、やっとわかった)
――仲間を見つけろ。
精霊の国を出る前にオウサマから言われた一言。当時はその言葉の意味を深くまで理解していませんでしたが、今ならわかります。
苦しいと思った時、傍にいてくれる人。自分が不安になった時、間違っていないと背中を押してくれる人。果てしない困難を前にした時、一緒に戦ってくれる人。
人は一人では生きていけない。それは人間であるノンも、獣人であるグレイクも同じです。彼らの違いはかけがえのない仲間に出会えたかどうか。ただそれだけでした。
「諦めたらそこで何もかも終わりなんです。その人は見つからないんです」
いつしかノンの目から涙が零れ落ちていました。今すぐにでも彼を助けたい。力になりたい。手を差し伸べたい。でも、グレイクが本当に救われるのは彼の探し人を見つけた時だけ。だから、行き場のない熱情が涙となって溢れてしまったのです。
「ノン……」
「でも、どんなに可能性が低くても、絶望的だったとしても……手を差し伸べ続けたら、いつか掴めるかもしれないんです」
ノンは前世で最期まで諦めませんでした。今だってそうです。家族と会いたいという気持ちは変わりません。むしろ、旅で様々な経験をする度にその気持ちは大きくなっていきます。
「グレイクさん、諦めないでください。だって、人間嫌いなのに人間の国で冒険者をやるほどその人に会いたいんでしょう?」
「ッ――」
「苦しかったかもしれません。諦めたくなったかもしれません。死にたくなったかもしれません……でも、あなたは今、ここにいる。必死に足掻き続けたから――僕たちは出会ったんです」
とめどなく流れる涙を拭った後、ノンは笑みを浮かべてグレイクへと手を差し出します。大きな果実すら片手で持てなさそうな小さな手。
「グレイクさん、僕たちの仲間になりませんか? 一緒に大切な人を探しに行きましょう!」
きっと、近い将来、グレイクはこの日のことを思い出す度、同じことを思うでしょう。
――ああ、オレは諦めなくていいんだ、と。オレは、間違っていなかったんだ、と。
それはおそらく、彼が過ごした十年以上の歳月の中でグレイクが最もかけて欲しかった言葉に違いありませんでした。
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