第283話 夢物語
「がぁ……ぐぅ」
夜も更け、アレッサとグレイクは自分のテントを用意して交代で見張りをする中、ノンはアゼラ、ミアと共に白いドームの中にいました。白いドームを見て騒いでいたアゼラですが疲れていたのでしょう。床に入って数秒で寝てしまい、気持ちよさそうにいびきをかいています。
「……」
そんな中、ノンはアゼラを挟んで寝ているミアから寝息が聞こえてこないことに気づいていました。晩ご飯の時に何か考え事をしていたのでそれが原因かもしれません。
少し様子を見よう。そう思い、目に魔力を注いで夜目の強化を施して体を起こした時、ノンの方を向いて横になっていた彼女とバッチリ目が合ってしまいました。
「あ……」
「……眠れない?」
「……うん」
しまった、という表情を浮かべているミアを見たノンは思わずくすりと笑った後、小さな声で話しかけます。彼女も誤魔化せないとわかったのか、素直に頷きました。
「んー、じゃあ、少しだけお話ししようか」
そう言ってノンは寝袋から出た後、包帯を伸ばしてアゼラの体を持ち上げてゆっくりと自分が寝ていた場所へ移します。そのまま真ん中に寝袋を置いていそいそとその中に入りました。
「これで話せるね」
「……うん」
隣に来たノンを見て少しだけ安心できたのか、ミアは小さく笑います。ですが、その笑みはどこかぎこちなく、今にも壊れてしまいそうでした。
「……」
何を話そう。ノンはジッと見つめてくるミアを見て一瞬だけ考えます。今の彼女は精神的に追い詰められており、下手なことを言えば悪化させてしまう可能性がありました。言葉は慎重に選ばなければならず、少しだけ怖気づいている自分がいることに驚きます。
彼女たちを助けて、自分の選択一つで他人の人生を狂わせてしまうかもしれない。その責務は今もなお、ノンの背中に重くのしかかっています。
今のミアに必要なこと。彼女が救われるような、何か。それを見つけようと思考を巡らせようとして――彼は自分の傲慢さに思わず苦笑を浮かべました。
「ノン、君?」
「もしも、この世界とは違う世界があったらどんな世界だと思う?」
「……へ?」
突拍子もない話をし始めたノンにミアは思わず目をパチクリとしてしまいます。そんな彼女を無視して彼はどんどん話を進めました。
「例えば……魔法が衰退してるとか」
「え、魔法が?」
「そう、その代わり、金属でできた絡繰りがたくさん普及して全部、自動で動くの」
「金属でできた絡繰り……どんなのだろう」
ノンの話題にミアが少しだけ興味を持ち始めます。もちろん、そのチャンスを逃す彼ではありません。
「馬車だって馬が必要なくなるかも」
「え、じゃあ、どうやって動くの?」
「例えば、爆発、とか?」
「え、爆発!?」
予想外の言葉にミアは思わず大きな声を出してしまい、ハッとして口を閉ざします。アゼラを起こしてしまうと思ったのでしょう。
「むにゃ」
「……ふふっ」
「ぐっすりだね」
しかし、アゼラはそれでも起きる気配はなく、ノンとミアは顔を見合わせて笑い合いました。
「話の続きだけどね……本当に小さな爆発を起こすの。その衝撃を使えば動くと思わない?」
「そんな小さな衝撃があんな大きな物、動かないよ?」
「実はそうでもないんだよね。歯車って知ってる?」
「うん、それはわかる」
「あれって小さな力で大きな物を動かすのに使われるんだよね。それをたくさん連結させれば小さな爆発でも物を動かせるの」
ゆっくり、ゆっくりとノンは前世で知った科学の話をミアに聞かせます。ミアの質問に丁寧に答え、わからないことがあればミアの意見を聞いてそれを参考に考察する。
そう、ノンはミアに余計なことを考えさせないようにしていました。今の彼女にどんな言葉をかけても結局、奴隷だった頃を思い出せてしまいます。解放されて間もないミアにとってそれはとても辛いことでしょう。
かつて、彼も事故に遭ったばかりの頃、眠れない夜を何度も過ごしていました。目を閉じたら死んでしまうのではないか。ちょっと気が緩んだ隙に死神が自分の命を刈り取ろうとするのではないか。そんな恐怖が常に耳元で囁き、目を閉じることすら怖くなってしまいました。
――のん君! 今日はこれを持ってきたの!
そんな時、幼馴染の女の子が満面の笑みを浮かべて小学生でも読める小説を持って来てくれました。事故に遭ったばかりで物を持つことすらできなかった彼のために病院に病室に泊まる許可を取ってまでゆっくりと読み聞かせてくれたのです。それも時々、感想をお互いに言い合ってくすくすと笑う、とっても賑やかな朗読会。それが当時の彼にはとても、とても幸せな時間でした。それこそ、二人揃っていつの間にか寝てしまい、朝を迎えてしまうほどに。
かつての自分がそうだったように今の彼女に必要なのは時間です。辛い現実を受け入れ、未来を見るために顔を上げるまでの充電期間。それが、彼女にとって最適な特効薬なのです。
「馬のいらない馬車、か……どんな感じなんだろうね」
ノンの思惑通り、ミアは彼の話にどんどんのめり込んでいきました。きっと、考えることが好きなのでしょう。
「きっと、すごいと思うよ。だって、馬のお世話が必要ないんだから」
「ふふっ、まるで夢のような話……本当に、あったら……す、ごい、ね……」
色々なことを考えたからか、彼女はいつしか小さな寝息を立てて眠り始めます。安らか、とは言えないほど彼女の顔は真っ青ですが、眠れただけマシでしょう。
「……おやすみ」
そんな彼女が少しでもいい夢が見られるように。そう願いながらノンも目を閉じてゆっくりと意識を自分の内側へと向け、いつもの鍛錬を始めます。結局、彼が寝たのはそれから二時間ほど経った頃でした。
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