第236話 向上
溢れる魔力。その禍々しいそれにノンはゴクリと生唾を飲み込みます。彼の攻撃が通用するとしても魔族も黙っているわけではありません。これから本格的な戦いが始まる。
そう、思っていました。
「おらよ」
「ガッ」
魔力が膨れ上がったと思った瞬間、ノンの左頬に凄まじい衝撃が走りました。その衝撃で彼の体は紙のように飛び、壁に叩きつけられます。そのあまりの威力にガラガラと壁が音を立てて崩れました。
「ノンくん!?」
「いてて」
ノエルの悲鳴に答えるようにノンが瓦礫の山から顔を出しました。しかし、彼の左頬は僅かに赤くなっているだけで衝撃の割にダメージは入っていないように思えます。
「ギリギリで防いだか」
殴った本人である魔族はノンの頬に拳を叩き込む直前、包帯がその間に割り込んだのを見ていました。さすがに受け止めきれなかったようですがそれでも大半の衝撃を殺したのは間違いありません。
(それでもあの威力か……)
頬に広がる鈍痛にノンは顔をしかめます。魔族がやる気を出した途端、反応する暇もなく、殴られた。まだ彼の速度に慣れていないとはいえ、魔力循環で肉体を強化しているノンを凌駕するそれにため息を吐いてしまいます。
(これで本気じゃないもんね)
それに加えて相手は不死の存在。まさに絶望的な状況。それでもノンの目を死んでいません。むしろ、体の奥底から力が湧いてきます。
「すぅ……はぁ……」
少し試したいことがあったため、深呼吸。そして、魔力循環を最大にして一気に魔族へと接近。その速度はこれまでの比ではなく、魔族はもちろん、ノン自身も目を見開きました。
「え、ちょ」
「なんだ!?」
お互いに反射的に右腕を振るい、拳が真正面で激突します。一瞬、力が拮抗。しかし、力負けしたノンがまた吹き飛ばされてしまいました。
「いってぇな!」
ですが、痛みに叫んだのは魔族の男。彼の拳には小さな裂傷ができており、黒い血が流れていました。拳をぶつけ合った時、大量の魔力を魔族の拳に流し込んだのです。
それに引き換え、ノンは力負けすると素早く判断してあらかじめ後ろの壁に突き刺しておいた包帯を縮めて後方へ体を引っ張っていました。そのため、空中で態勢を立て直して着地します。
「やっぱり……」
ヒュドラの毒を克服してから妙に体が軽く、全体的に能力が上がっているような気がしました。また、魔力量も例外でなく、それに比例して魔力循環も強力になっています。その結果、魔力循環で肉体を強化した場合、ノンの身体能は飛躍的に向上しているのでした。
「おいおい、おめぇも本気じゃなかったってか? でも、反応できねぇわけじゃない。本気を出すまでもねぇな」
ノンの身体能力を見て驚いた魔族でしたがそれでも余裕の笑みを消しませんでした。確かに少しは戦えるかもしれませんが魔族が優勢なのは間違いありません。それに彼の拳にできた裂傷が瞬く間に治っていきます。どうやら、再生能力も持っているようでした。これではどんなに魔力を撃ち込んでもいずれノンは倒されてしまうでしょう。
「……これでも?」
でも、それはノンが一人の場合です。彼はいきなり右腕を上に突き出して白い包帯が勢いよく射出され、天井に突き刺さりました。
「……あ? それだけか?」
「いいえ、来ますよ」
訝しげな表情を浮かべる魔族に白い包帯を天井に刺したまま、ノンはニヤリと笑います。そして、遠くの方からドン、という音が聞こえました。
「なんだ?」
その音は少しずつ、少しずつ大きくなっていきます。それと同時に部屋全体が地響きのように振動しました。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン! ドン!! ドン!!!
「……まさか」
その音が近づいてくるのに気づいた魔族は言葉を零しながらノンの頭上を見上げます。それと同時に天井に大きなヒビが走りました。
「おっとっと」
ノンは慌てて白い包帯を回収してその場から離れ、ノエルの傍に着地します。そして、天井が音を立てて崩れ、砂塵が舞いました。
「……まったく。また、面倒ごとに巻き込まれてるみたいね」
砂塵の向こうでぱたぱたと衣服についた埃を払う人影が一つ。その人影の頭には見覚えのあるとんがり帽子が見えました。
「さて、ノン。状況はどう?」
砂塵が晴れ、姿を現したのはノンの師匠であるアレッサ。そんな彼女を天井に開いた穴から射す月明りがスポットライトのように照らしました。
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