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第21話 ルー

 病気のことを知ってから数日、病気のことを話したことがそれなりに負担となってしまったのか、エフィはあまり元気がありませんでした。もちろん、ノンの前ではいつものように笑っていますが、ふとした時に歯を食いしばるように顔を歪めているのです。


 ノンが『魔漏症候群』を患って生まれたからか、他に方法がなかったとはいえ、ろくに効果の知らない指輪をノンに装備させたことか。どちらにしろ、エフィは病気のことを話したことで罪悪感に苛まれているようです。


(こうやって元気に暮らせてるだけで幸せなんだけどな……)


 前世で数年にもわたって床に伏せていた彼からしてみれば朝に目が覚めて、家の中を歩き回り、ご飯を食べ、家族と話をする。たったそれだけでも十分なほど幸せなことでした。もちろん、そんなことをエフィは知る由もなく、前世のことを話す気がない彼も元気のない母親を見てしょんぼりしてしまいます。


(何か元気づけてあげたいな)


 そう考える彼でしたがすでに思いつく限りのことは試しました。しかし、元気づけようとするノンを見てエフィは『こんないい子なのに……』と更に自分を責めてしまう始末。


「はぁ……」

「おや、ノン様。どうかされましたか?」

「わっ」


 トイレからの帰り道、子供部屋に向かっている最中、思わず吐いてしまったため息に反応したのは洗濯かごを抱えたルーです。まさか彼女と遭遇するとは思わなかったノンはビクッと肩を震わせて驚いてしまいました。


「申し訳ございません。驚かせるつもりはなかったのですが……」

「う、ううん。大丈夫、ちょっと考え事してただけだから」

「考え事でございますか?」

「あ、えっと……最近、おかあさんが元気ないなって」


 考え事をしながらため息を吐く四歳児。少々、違和感の覚える絵面にノンは取り繕うように訳を話しました。以前、ルーから母親よりもしっかりしていると言われ、子供らしくしなければ、と考えていたのです。


「そう、ですね」


 ルーも思うところがあるのでしょう。少しだけ歯切れが悪いながらもノンの言葉を肯定しました。子供であるノンが気づけるのです。従者である彼女ならエフィの不調など手に取るようにわかるでしょう。


「ねぇ、ルー。僕にできること、ないかな」

「……」

「おかあさん、僕に病気のことを話してから元気がなくて……やっぱり、聞かない方がよかったのかな」

「いえ、それは違います」


 ずっと心の中に溜まっていたものを吐き出した時、ルーは真っ向から否定します。あまりの切れ味にノンは驚いて彼女を見上げました。


「ノン様は何も間違ったことはしておりません。ご自身の体にかかることです。それに加え、病気のことを聞こうと思ったのは無自覚に危険なことをしないためですよね?」

「ッ……どう、して?」


 まさかそこまでばれているとは思わず、目を丸くしてしまいました。


 ルーとは会話することが多く、何かと子供らしくない発言をしていた自覚はありますが彼の真意まで見透かされているとは思わなかったのです。


「あなたはとても聡明でいらっしゃいます。好奇心で奥様を傷つけるようなことはしません」


 洗濯かごを床に置き、その場で両膝を付きます。彼女と視線が合ったノンはその優しい眼差しに気づきました。


「ですが、奥様を傷つけることになっても病気のことを知らなければならない事情があった。そう考えれば自然とわかります」

「そ、そうかなぁ?」

「ええ、私は皆様のメイドでございますから」


 ルーがエフィたちの従者になった経緯はまだ知りません。ですが、彼女は自身の立場を嫌だと思っておらず――むしろ、誇りに持っている節がありました。


 だからこそ、大切な家族の子供であるノンに対してもルーは敬意を払っています。その忠誠心が彼の思考を読んだのでしょう。


「では、ノン様。一つだけアドバイスを差し上げます」

「ッ!? な、何!? 教えて!!」


 ルーの言葉に血相を変えて声を荒げるノン。一刻も早く母親を元気づけたい優しい心を垣間見た彼女は僅かに笑みを浮かべ、こう告げました。


「旦那様に相談してみてはいかがでしょうか?」

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