第234話 開始
「どう、して……」
最初は喜んだノエルでしたが、ノンはヒュドラの毒刃で死んだ――いえ、瀕死でした。あそこから助かるとは思えません。
「僕もよくわかんないけど頑張ったんだ」
そう言いながら彼は右腕に突き刺さったヒュドラの毒刃を引き抜いてその辺に投げ捨てました。すぐに傷口から血が溢れますがそれを覆い隠すように包帯が腕に巻き付いて止血します。
「平気、なの?」
「もちろん痛いよ。でも、うん、大丈夫みたい。それであの人は?」
確かに毒刃は刺さっていました。ですが、痛みを感じるだけでノンはヒュドラの毒を受けても平気な顔で魔族を指さします。その顔も紫に変色していたはずなのに今は普通の色に戻っていました。
「おっかしいな、あれヒュドラの毒刃だと思ったんだが……」
魔族の男もノンを見て不思議そうにしていました。魔族の間でもあのナイフの噂は流れていたようです。
「魔族……あの男の目的は転移魔法陣を起動すること」
「転移魔法陣?」
ノエルの言葉にノンは地面に広がる紫色の魔法陣へ視線を向けます。魔力の奔流を感じ取って体に鞭を打って急いで駆けつけましたがまさか魔族を王都に転移させるためだとは思いませんでした。
「多分、転移先の魔法陣が先に占拠された。そして、転移魔法陣が起動したタイミングで術式に干渉してこっちに飛んできた」
「そうだったんだ。もしかして、その起動にノエちゃんが必要だったの?」
「……ごめんなさい」
ノンの質問に彼女は目を伏せて謝罪します。自分がノンに助けられた後、素直におうちに戻っていればこんなことにはならなかった。そう言いたいのでしょう。
「なんでノエちゃんが謝るの?」
「だって、わたしがいなければ――」
「――ノエちゃんは何も悪くないよ。悪いのはあの人たち」
しかし、ノンは不思議そうに首を傾げます。その態度から本当にわかっていないようだったので震えた声で言葉を紡ごうとするノエル。ですが、その前にそれを彼は遮りました。
「それにまだ終わってない」
「でも、魔族が……」
「んー、まずは話し合ってみよう」
「へ?」
「おーい、魔族さーん」
キョトンとするノエルを無視してノンは手を振って魔族に声をかけます。二人のやり取りをジッと見ていた彼は『なんだ?』と返事をしました。
「王都を壊すつもりですか?」
「おう、そのつもりだぞ」
「なんとか止めてもらうっていうのは?」
「無理だな」
「そっか」
魔族の言葉にノンはため息を吐きます。王都が壊されるのを黙って見ているわけにはいきません。戦う覚悟を決め、包帯を伸ばして構えました。
「……ガキが俺様と? はは、冗談はよしてくれ」
「冗談じゃないよ。これでも僕、オウサマから魔族特攻って言われてたんだから」
「魔族、特攻?」
ノンの言葉に首を傾げるノエル。しかし、その答えは返って来ず、ノンは魔族に向かって突撃しました。その動きは人攫いたちと戦っている時と変わらず、毒によるダメージが最初からなかったように思えてしまうほどスムーズです。
「ほー、スピードは――」
ノンの速度を見た彼は感心したように言葉を漏らしますがその前にその頬に小さな拳が叩き込まれました。そして、そのまま吹き飛んで部屋の壁に激突します。
「いってぇ……なんでだ? なんで、いてぇんだ?」
鼻から黒い血を流す魔族が不思議そうに頬に手を当てました。その光景を見てノンは自分の攻撃が通用すると確信します。
「ノエちゃん」
「あ、うん……」
「もう少し待っててね。必ず、おうちに帰すから」
「……うん」
こうして、瀕死の状態から復活したノンは魔族と初めて戦うことになったのでした。
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