第227話 コツ
(包帯を巻いててよかった)
棍棒で殴られた脇腹を撫でながらノンはホッと安堵のため息を吐きます。彼は服の下の包帯を隠すついでに体に巻き付けて防具の代わりとしていました。また、魔力循環による肉体強化も相まって大柄な男の一撃を受けたのにほとんどダメージがありません。
それもそのはず。一度、アレッサの拳ですらノンの防御力を突破できなかったのです。体が大きいだけの盗賊の攻撃など彼には通用しません。
(でも、やっぱり、攻撃はあまり受けない方がいいかな)
どれだけノンの防御力が高くても衝撃は殺しきれないため、先ほどのように勢いよく吹き飛ばされてしまうでしょう。その隙にノエルが捕まってしまうかもしれません。そうなってしまえば一気に戦況は悪くなってしまいます。
(それに……)
クッション代わりにした包帯を元の長さに戻しながらノンはリーダーの男へと視線を向けました。
リーダーの男は中肉中背という体格であり、腕力が極端に強いとは思えません。また、この広間で会ってから魔道具で魔力を消していないため、魔力循環を使っていないことも把握済み。それなのに拳が拮抗したのです。
あの腕輪以外に魔道具を使ったのか。それとも本当は凄腕の盗賊であり、肉体強化を施しているノンに匹敵する腕力を持っているのか。その秘密がわからない以上、ノンに勝ち目はありません。
(まだまだだ)
なにより、この一か月の間にアレッサに戦い方を教えてもらっていたのに簡単に防がれて少しショックでした。彼女の拳はもっと鋭い。それがわかっているからこそ、彼は悔しくて仕方ありませんでした。
「……よし」
悩んでいても仕方ありません。ノンは包帯を伸ばした状態でリーダーの男に向かって駆け出します。それを見た男はニヤリと笑って何故かその場で右腕を上に振り上げました。ノンと男にはまだ距離があります。あのままノンへ斬りかかっても切っ先が届くことはないでしょう。
「うおおおおおお!」
しかし、その途中、いきなり目の前に大柄な男が棍棒を真上に掲げた状態で姿を現しました。リーダーの男は仲間が攻撃しやすいように意味のないような行動をして注目を集めたのでしょう。
「ぐっ……え!?」
避ける隙を与える間もなく、棍棒を振り下ろす大柄な男。ノンはその場で立ち止まってそれを両手で受け止めました。そして、持ちこたえようとした矢先、目の前の男がフッと消えてしまいます。両腕に込めていた力が行き場を失くし、前のめりになる形でバランスを崩してしまいました。
「ノンくん、危ない!」
「これで終わりだ!」
ノエルの悲鳴と共に走り込んできたのはリーダーの男です。すでに剣は振り下ろされ、ノンの体を斬り裂こうとその切っ先が鈍く光りました。
「ッ――」
剣がノンの体を捉えるまでの一瞬の間。その貴重な時間にノンは冷静に包帯を自分と剣の間に割り込ませます。包帯はただの布。普通であれば剣に抵抗する間もなく、斬られてしまうでしょう。
「なっ」
ですが、ノンの包帯は特殊な魔道具。たっぷりと彼の魔力を注がれたそれはリーダーの男の剣を弾き、今度は向こうのバランスを崩すことに成功しました。
「すぅ」
キン、と金属がぶつかり合う甲高い音が響く中、ノンの口から短い呼吸音が漏れます。その直後、彼の体は一瞬にして男の懐へと潜り込みました。
――ノン、拳を打つ時に大事なのは腕力じゃないの。
驚く男の顔を見ながらここにはいない師匠の言葉が聞こえたような気がしました。それはかつて、拳で殴るコツを聞いた時のものです。
――ずっと力んでいたら上手く力を伝達できなくて威力が下がるわ。
「はぁ」
重心を低くして、拳を握りこむ。そして、息を吐く。
――ポイントは敵に拳が接触する直前まで力を溜めること。そして、当たった瞬間、その全てを相手の体に叩き込む。
(ああ、そっか)
ノンは右腕に力を込めながら後ろへと引きます。それと同時にどうしてリーダーの男と拳が拮抗したのかわかりました。
確かに男は何かしらの方法で肉体を強化しているのかもしれません。しかし、それ以上にノンが人を殴ることをほんの少しだけ躊躇ってしまったのです。これまで彼は主に包帯を使って盗賊を倒していました。ですが、こうやって人間相手に肉弾戦を繰り広げるのは初めてだったのです。
(そうだ。僕が全力を出せていなかっただけ。だから――)
――それが殴る時のコツ。大丈夫、ノンならできるわ。
(師匠から教えてもらったこの拳が負けるわけがない)
「――強撃」
ボソリと自然と口からが言葉が漏れ、ノンはリーダーの胴体に全力の一撃を叩き込みました。もし、アレッサを知る人がその姿を見たら彼女のようだったと思っていたでしょう。
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