第203話 ノート
「私は家を継ぐつもりなんてなかったわ。だって、ブラウン侯爵家は魔法使いの名家。性別も、産まれた順番も関係ない。魔法の才能に恵まれた方が家督を継ぐ。それが私たちの家のルールだった」
紅茶がなくなったのでしょう。そう語りながらアリスはポットに手を伸ばし、ゆっくりと自分のカップに中身を注ぎます。そして、緊張からか、すでに中身のなかったマーシャのカップにもおかわりを淹れてあげました。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ……はっきり言うわ。アレッサはきっと歴史に名を残す魔法使いよ。天才と呼ばれた人たちをたくさん見てきたけど、あの子は別次元。今だってあの子に追いつけたとは思ってないわ」
「そんなに……」
マーシャはアレッサが使う魔法――喧嘩殺法魔法を思い出します。ただ、魔法で手を覆っているだけのように見えますがおそらく彼女では想像もつかない高等技術が使われているのでしょう。
「そもそも私が魔法の才能に目覚めたのもあの子の書き残したノートのおかげなの」
「ノートですか?」
「喧嘩殺法魔法、だったかしら? アレッサの行方を捜すためにあの子の部屋を色々探した時、あの研究ノートが見つかったわ」
喧嘩殺法魔法はアレッサが約二年にも及ぶ研究の末、完成した異質な魔法。両親に認められたい、という純粋な思いで紡がれたそのノートはきっと、凄まじい熱意と努力で埋められていたことでしょう。
「そこには魔力循環によって放出される魔力に指向性を持たせ、別の魔法へ変換する案がびっしりと書かれていたわ。それからページが進むにつれ、どんどん魔法が形になっていくの」
ノートを読んだ時のことを思い出しているのでしょう。アリスはどこか興奮した様子で笑っています。
「何度も計算して、何度も間違って、何度もやり直して……やっと答えを見つけて次の問題にぶつかる。そして、また計算する。その繰り返し」
新しい魔法の開発。アレッサは喧嘩殺法魔法を作ったことをさらっとした態度で言いますがその過程に血の滲むような努力をしたのでしょう。ノンは話に聞いただけなのでその全貌はわかりません。ですが、彼女を師匠に選んだことは間違っていなかったのだと改めて思いました。
「感動したわ。歴史的瞬間を目にしているような感覚、と言えばいいのかしら。気づけば私は無我夢中になって妹が築き上げた奇跡を読み進めていた」
「奇跡……」
「そう、奇跡。研究に必須な魔力循環も身に付けるのに何年もの修行が必要なのにたった数か月でマスターして研究の下地を完成させたようなの。その後も何度もその身を傷つけながら魔法を形にして……十歳という若さで新しい魔法を完成させた」
それが喧嘩殺法魔法。この世で彼女しか使えない一撃必殺の接近戦専用魔法。魔力循環による魔力の排出を利用し、全く無駄のない美しい術式はきっと、正式な手続きを踏めばこの世に認められていたでしょう。
しかし、現実は違いました。アレッサは世間に認められたかったわけではありません。たった二人だけ――彼女の両親が認めてくれるだけでよかった。でも、その両親がそれを認めなかった。そして、その美しい術式はただの暴力の象徴として世間に露呈してしまったのです。
「だからこそ、私は許せなかった。あんなに綺麗な魔法を野蛮だと切り捨てた両親を。アレッサの……純粋な想いを踏みにじったあの人たちを」
「アリスさん……」
そう語るアリスはその表情を変えませんでした。しかし、常に魔力感知を発動させているノンは彼女から溢れる魔力が怒りで激しく揺れていることに気づき、心が締め付けられました。
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