第200話 憧れ
「あら、ごめんなさい。アレッサのお気に入りがどんなものか気になっちゃって」
目を鋭くさせたノンに対し、アリスはどこ吹く風といった様子で席を立ち、お茶の準備を始めてしまいます。カチャカチャと茶器の音が響く応接室に少しだけ緊張感が走りました。
「それで用事とはなんでしょう? この後、色々と立て込んでいまして」
「もう、そんなつれないこと言わないで。ちょっと悪戯しただけじゃない」
「……」
こちらに背中を向けているアリスですが、ノンは警戒を緩めません。むしろ、いつでも包帯を伸ばせるように袖の下で魔力を込めるほど。そんなノンの様子にマーシャも体を硬直させ、あわあわしています。
「そんな緊張することないわ。受付の子も言っていたでしょ? 取って食ったりしないって」
「じゃあ、どうして今もなお、頭上に魔力を待機させてるんですか?」
「えー? なんででしょうね?」
「――ッ」
そう言いながらアリスが振り返った瞬間、ノンは右腕を前に突き出して包帯を伸ばしました。そして、彼女の頭上で白い塊が一気に膨れ上がります。そう、それは魔法の無効化。彼女が今まさに発動しようとした魔法を包帯に込められた暴力的な魔力の奔流によって吹き飛ばしたのです。
「……へぇ?」
頭上で膨れた白い塊を見上げ、アリスは面白いものを見つけたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべました。その顔はどこかアレッサに似ています。
「アレッサから久しぶりに手紙が届いたと思ったら弟子を取ったって書いてたの。だから、どんな弟子なのかずっと気になっていて……」
「……」
「そして、いざ会ってみたら魔力を感じないじゃない? 魔法の天才であるあの子の弟子なら魔法の天才だと思っていたから少しその実力を知りたくて」
茶器が乗ったトレイを応接室のテーブルに置き、アリスはお茶の準備を進めます。そんな彼女の話を聞きながらノンは包帯を袖の下に戻しました。なお、マーシャは高度な二人の攻防についていけず、『どんなお茶なんだろー?』と思考を停止しています。
「でも、蓋を開けてみれば……ふふ、あの子ったら面白い子を見つけたのね。ちょっと羨ましいかも。私も君みたいな弟子が欲しかったわ。さぞ、優秀な魔法使いなのでしょう」
「僕、魔法は一切使えません」
「……ん?」
どこか上機嫌でカップをノンに差し出そうとしたアリスですが、彼の一言にピシャリと体を硬直させました。
「えっと、ごめんなさい。よく聞こえなかったわ」
「僕、魔法使えません」
「……んん?」
ぎぎぎ、という音が聞こえそうなほどぎこちない動きでアリスはゆっくりとノンからマーシャへと視線を移動させました。
「あ、はい。アレッサさんも言ってましたがノン君は魔法が使えない体質みたいです」
「……ごめんなさい。少し整理させて」
カチャリとノンの前にカップを置いた後、アリスは頭を抱えてしまいます。高度な魔力感知。魔法を無効化する不思議な技術。なにより、あのアレッサの弟子。そんな優秀な魔法使いとなりえる素質を持つ彼は魔法を使えない。そんなバカな、と一蹴したい気持ちですがノンとマーシャの様子から嘘を吐いているわけではないとアリスもわかります。
「……本当に?」
しかし、わかっていたとしてもアリスは再度、確認してしまいました。それほどノンの技量は優れていたのです。
「そうです。色々あって魔力を放出する器官が塞がってしまったので術式を構築できません」
「……じゃあ、なんであの子の弟子になったの?」
魔法使いの弟子になったのに魔法は使えない。以前、マーシャにも同じように質問されたことがあります。
「そうですね……」
ノンはアリスの問いに少しだけ思考を巡らせます。
思い浮かべるのは炎、水、雷。激しく、美しく、苛烈なその三種類の魔法を巧みに操り、相手を一撃で屠る。そして、いつも見ているとんがり帽子が似合う頼もしい背中。そんな彼女の弟子になりたいと思ったのは、きっと――。
「――あの人の拳に憧れたからです」
自分もあの人のような強さが欲しかった。どこまでも前に進める。そう自信を持って一歩前に足を踏み出せるようになりたかった。だから、頭を下げて弟子にしてほしいとお願いした。ただ、それだけです。
「……そう、よかったわ」
ノンの答えを聞いたアリスはどこか納得したように頷き、嬉しそうに微笑みました。
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