第191話 無知
「ん?」
マーシャの護衛について早二週間ほど経ち、すっかり三人旅に慣れた頃、いつものように荷台の屋根で暇を潰していたノンは何か気づいたように声を漏らしました。彼の視線は遠くに見える山の麓。
「ノン君、どうしたの?」
「いえ……気のせいだと思います」
ピリ、と何かが頭を掠ったような気がしました。しかし、魔力感知でその周辺を探っても特に反応はありません。そのため、ノンは気のせいだと思うことにしました。
この世界はほぼ全ての生命体は魔力を宿しています。ノンのように魔力が一切、体外へ漏れない体質ではない限り、魔力感知で察知できるのです。特にノンはオウサマとテレーゼとの修行を乗り越えた猛者。魔力感知の精度は師匠であるアレッサすら上回っています。
「それよりもこのペースならあと一週間ほどで王都に着きますね」
「うん、そうだね。ここまで順調に進めるとは思わなかった」
ノンの言葉にマーシャが頷きました。本来、マーシャの故郷から王都まで一か月ほどかかる道のりです。ですが、距離的には二週間ほどで到着するほどであり、時間がかかるのは魔物や盗賊が多いでした。
しかし、そこは冒険者として規格外なノンとアレッサ。魔物は馬車に近づかせることなく、撃退。盗賊も一瞬で制圧するため、睡眠時間も確保できています。この二人を前に魔物や盗賊は障害にすらなりませんでした。
「ん? 何の話?」
「あれ、師匠。寝なくていいんですか?」
その時、荷台からアレッサが不思議そうな顔をしながら顔を出します。珍しく起きているため、ノンとマーシャは少しだけ驚いてしまいました。
「眠くないのよ。それで何の話?」
「王都までもうちょっとだねって話です」
「あー……もうそんなに進んでるんだ」
「順調すぎて途中にある村に寄りませんでしたからね」
実は二日前に進路を外れたところ小さな村があることは知っていました。しかし、ノンのマジックバックが予想以上に役に立ち、物資の補給をする必要がなかったのです。カーブも調子がよかったため、村には寄らずにそのまま進むことにしました。
「あ、そうだ。師匠、王都ってどんなところなんですか?」
「え?」
「大きな街、というくらい知らないんですよ。有名なものとかあるんですか?」
「確かに商人としてその情報は欲しいですね。アレッサさん、教えてください!」
この中で唯一王都を知っているアレッサにノンが質問するとマーシャも便乗します。しかし、何故かアレッサはそっと目を逸らしました。
「えっと……そのー……」
「……師匠?」
「有名なもの? うーん……あ、王立魔法学校がある! それに王立図書館! あそこの蔵書数はブレゾニア王国の中でも飛び抜けてるわ!」
「……他には?」
意気揚々と語るアレッサにマーシャがジト目を向けます。王立魔法学校も王立図書館も有名なのでマーシャも知っていました。なにより、彼女の様子がおかしいことに気づき、嫌な予感がしたのです。
「他? 他はね……あのー」
「知らないんですね」
「え、そ、そんなことないわ! だって、住んでたのよ!? 他に有名なものぐらい」
「王都で有名なお菓子店である『ラ・ベルトゥナ』。王都には有名人が色々住んでますね。現ブレゾニア王国の国王、『ノールム・ル・ブレゾニア』。その側近である国一番の剣の使い手である『剣聖』。あとは偉大な魔法使いの家系、『ブラウン侯爵家』」
「ッ……」
マーシャが知っている知識を披露する中、一瞬だけアレッサが息を呑みました。ノンはそれに気づきましたが声をかける前にアレッサ本人がマーシャの頭を乱暴に撫でます。
「そうですよ! 何も知りませんよ! 毎日勉強ばっかりで王都のことを知る機会なんかなかったの!」
「あうあうあうあうあう」
「悪いの!? 故郷のことを何も知らないことがそんなに悪い!? 何とか言いなさいよ!」
「わ、悪くない! 悪くないです! ごめんなさい!」
「ちょ、ちょっと! 危ないですよ!」
ぎゃあぎゃあとアレッサとマーシャが騒ぎ始め、カーブの手綱がだらんとしてしまいます。慌ててノンが包帯を使って手綱を引っ張ることでなんとか凌ぎました。
そんな騒ぎがあったからでしょう。落ち着いた頃にはノンの頭からピリ、とした感覚のこともアレッサの異変のこともすっかり零れ落ちていました。
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