第190話 贅沢
「あ、そうだ。マーシャさん」
「んー?」
しばらく日向ぼっこを楽しんでいたノンですが、このままでは寝てしまいそうだったため、マーシャに話しかけました。彼女は振り返りもせずに返事をします。
「どうして、村であんなに銅板が売れたんですか?」
彼が気になっていたのはただの銅板が匂いが取れる、というだけで飛ぶように売れたことでした。試供品を渡して実用性を確かめてもらっただけであそこまで売れるとは思えなかったのです。
「多分、需要があったんだろうね。村には王都と私の街を行き来する冒険者が立ち寄るからどうしても匂いの問題が多かったんだと思う」
「匂い?」
「冒険者は汗とか汚れでどんなに気を付けてても匂いが酷くなるの。お風呂なんて贅沢はできないし、防具を丸洗いなんて滅多にしないから。もちろん、冒険者本人だけじゃなくて村人たちも気になるし、匂いでトラブルになったことがあったんじゃないかな」
マーシャの話を聞いて手伝ってくれた冒険者の男性を思い出します。鎧を極力外すなと仲間に怒られたと困ったような顔で言っていたため、冒険者にとって匂いはそれ相応の問題なのでしょう。
「それに比べてノン君もアレッサさんも軽装備……と、いうか防具の類を付けてないからあまり匂いに関しては問題にならないかも」
「まぁ、毎日、お湯で体を拭いてますからね」
アレッサは意外にも綺麗好きであり、野営していても魔法をこれでもかと使ってお湯を用意して体を拭いています。更に朝は目を覚まさせるという意味もあり、水浴びするレベル。ノンも彼女からお湯を分けてもらって体を拭いていました。
「いいなぁ。私もご相伴に預かってるけど……二人と離れた後が怖い」
ノンのマジックバック。アレッサの魔法。ノンの料理。ノンの包帯。ノンとのお喋り。ノンの可愛さ。二人の戦闘力。
この旅でそんな贅沢を経験してしまったマーシャはこれからどんなに優秀な冒険者を護衛にできたとしても満足できない体になっていました。特にノンのマジックバックから取り出される出来立ての料理は普通の野営では絶対に再現できないでしょう。この先、野営をして簡易的な食事をする度にノンの料理を思い出すのです。
――止めておきなさい。私みたいにノンなしで旅ができなくなるわ。
故郷の街を出発した日の夜、アレッサの言葉を思い出しました。今のマーシャならその言葉の意味を理解でき、理解できるということはすでに手遅れということです。彼女もノンの被害者の一人でした。
「ノン君、のんびり行こうか」
「え? あ、はい。急いでもいいことはありませんからね」
彼女にできるのは少しでもノンと一緒にいる時間を長くすること。しかし、その分、ノンの有用性に晒さられ続けるため、更に駄目になる。まさに悪循環。もはやこのスパイラルから抜け出すことはできません。
「あ、実は昨日のお店で食べた料理が美味しかったのでいくつか包んでもらったんです。今日の夜にでも食べましょう」
「あ、あはは……楽しみだなー」
気づかないのは本人ばかり。ニコニコと笑っているノンを見上げてマーシャは乾いた笑い声を漏らしました。
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