第179話 恐怖
「これでも飲んでリラックスしなさい。夜は長いんだから」
「あ、すみません……ありがとうございます」
おずおずとカップを受け取ったマーシャだったが、最初に気づいたのはそのお茶の匂いに嗅ぎ覚えがなかったこと。商人としてそれなりに知見を広げていたが、このお茶の正体がわからなかったのだ。
「このお茶、いい匂いがするでしょ。ノンが知り合いに貰ったんだって。在庫に限りがあるからあまり頻繁には飲めないけど初日だから特別よ」
「もう、なんですかそれ」
驚いているマーシャを見てアレッサは得意げにそう語った。それがどこか演技っぽくてマーシャは思わず笑みを浮かべてしまう。
「それが何のお茶か明日ノンに聞いてみなさい。きっと、困った顔をして誤魔化すわ」
「え、教えてくれないんですか?」
「今回の旅の目的からして言わないでしょうね。ばれたら次はどんな罰を与えようかしら」
ニヤニヤと笑いながらアレッサがテントの方へ視線を向けた。そこには何も知らないノンがすやすやと寝ていることだろう。
「もう、アレッサさんは意地悪ですね」
「いやいや、ノンの方が意地悪よ。師匠である私をイジメるんだから」
「えー、あんなにいい子が意地悪なわけないじゃないですか」
そんな彼女を見てマーシャはくすくすと笑い出す。しかし、アレッサからしたら弟子の立場でからかってくるノンの方が意地悪だ。納得いかない顔で反論するが信じようとしないマーシャ。
「まぁ、いいわ……それでどうだった? あの子が戦う姿」
信じてくれないのなら仕方ないと諦めたアレッサは話題を変える。彼女はノンが戦っている間、マーシャの様子をうかがっていたのだ。予想はしていたがあの時のマーシャは驚きのあまり、茫然としていた。その後もどこか様子がおかしかったのでノンがいない今、彼女の心の内を聞いておこうと思ったのである。
「そう、ですね。予想以上に強かったです。あと、あの包帯みたいなのが何なのか木になりました」
「怖いとか思わなかった?」
「……ちょっとだけ」
アレッサの質問にマーシャは言いづらそうに頷いた。しかし、それは仕方ないだろう。ノンは見た目通りの子供。そんな年端も行かない子供がアースゲーターを一方的に屠ったのだ。未知の力は時として恐怖の対象となる。マーシャが怖がってしまうのも人間として当たり前の反応だ。
「そうよね。あんな人畜無害そうな顔して魔物とか相手にする時、えげつない攻撃とかするの。私もたまにドン引きするわ」
だからこそ、アレッサはそれを笑い話にした。
ノンは強い。まだ経験が浅く、甘いところもあるがその実力は銅級――いや、銀級レベルである。いずれ金級となり、自分と並ぶだろうと確信していた。
「でもね、あの子は力の使い方を知ってる。どんな時に振るえばいいか理解してる。だから、あなたはあの子のこと、信じてあげて」
そして、それと同時にノンの優しさも知っていた。
レニックスの街を守るため、危険な戦地へ赴き、作戦の要として役割を果たした。
あの街でも森で襲われている冒険者を助けるため、ブラックオウルと真正面から戦った。
マーシャの時だってそうだ。彼はずっと彼女のために何かできないか考え、アレッサに訴えかけていた。その結果、彼女とこうやって焚火を囲んでいる。
「……はい」
マーシャもそれは知っていた。彼ならきっとその力の使い方を間違えることはないだろう。自分にあの包帯が向けられることもない。しかし、それでも戦いという野蛮な行為に触れて来なかった彼女はそれを飲み込むのに時間がかかってしまう。
「……じゃあ、護衛の仕事でもして少しでも慣れさせますか」
「え?」
「わかってんのよ、出てきなさい」
アレッサの低い声に周囲の茂みがガサガサと揺れ、数人の男が姿を現した。
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