第15話 日課2
お昼寝から目を覚ましたノンは再び、エフィと話す練習をします。ですが、窓から差し込む光がオレンジ色になった頃、切り上げることになりました。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
「あ、今日は早いね」
それは仕事の時間が不定期な父親がいつもより早めに帰ってきたからです。エフィは部屋まで呼び来たルーにそう言いながらノンを抱き上げました。一人でも階段を降りられますがやはり可能な限り、無茶はさせたくないようでエフィと一緒に移動する際は抱っこされるのが基本となったのです。
「帰ったぞー」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
「おー、ノン! ただいまー!」
「きゃっきゃ」
玄関で彼を出迎えるとエフィの腕からノンを優しく抱き上げ、頭上より上に持ち上げました。俗にいう高い高いです。魔法も好きでしたが、父親にされる高い高いも同じくらい好きでした。前世では体の細い父親だったので高い高いを経験したことがなかったからです。
「もー、あんまり乱暴にしないでよ」
「わかってるって」
エフィの注意に笑って答える父親――ジェードはノンを抱え直します。相変わらず体格のいい体にノンは思わずペタペタと触っています。ジェードもそれには気づいていますが触れるほどでもないのか、特に気にすることなく、リビングへと向かいます。
「旦那様、外から帰ってきたばかりでノン様を抱えるのは衛生的によくありません」
「うっ……わかったよ。エフィ、頼む」
しかし、その途中で待ったをかけたのはルーです。キリっとした釣り目がジェードを貫き、彼は渋々というようにエフィにノンを渡しました。
因みに『ルー』は明らかに愛称ですがエフィもジェードも彼女の本名を口にしないため、未だに判明していません。
それから家族で晩御飯を食べ、寝る支度をします。お風呂は今のところ、毎日のように入っていますが家の内装、家族が着ている衣服、家具や絵本に使用されている紙、食事の様子を見るに日本のように文化が発展しているとは思えません。メイドさんもいるのでノンが生まれたこの家は平均以上に裕福だと考えるべきでしょう。
(今日は何を考えようかな……)
家族におやすみを告げ、子供部屋に戻ったノンはすやすやと眠る母親の隣でいつものように思考を巡らせます。考える内容は日によって違いますが疑問に思ったこと、わかったことなどを改めてまとめる作業が主となっていました。
(それにしても……病気、か)
エフィから重い病気だと告げられたのは記憶に新しいですが、これまでその治療として注射や薬を飲んだことがなく、家から一度も出たことがありません。それどころか、彼の体調も睡眠サイクルが崩れただけで発熱や嘔吐、脱水などの症状が出た覚えがないのです。
(もしかしたら異世界特有の病気?)
前世の世界と今の世界の違い。それは魔法の有無でしょうか。魔法、もしくは魔力に関する病気であればノンが魔法を使えない理由にもなりますし、異世界特有の病気なのでノンが知っている治療法を行わないのも納得できます。
「……」
思考を巡らせていたノンでしたがそこで考えるのを止めました。病気に関してはもっと話せるようになればわかることです。考え込んだところで明確な答えが出るわけではありません。
それに加え、彼には寝る前に行う日課があります。子供の体はいつ眠りに落ちてもおかしくないので急いで準備に取りかかります。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸。ゆっくりと鼻で息を吸い、数秒ほど止めた後、可能な限り長く口から吐き出す。前世の入院生活で学んだ呼吸法です。
大切なのはイメージ。体の中を吸った空気が循環し、隅々まで浸透した後、体に悪影響を与えるものと一緒に吐く。これを繰り返すことによって心が落ち着き、意識は海に飛び込むように体の奥へと沈んでいきます。
(ゆっくり……ゆっくり……)
体の奥へ沈んだ彼の意識はふわふわとした浮遊感を覚えます。それは空を飛べそうなほどであり、まるでノンの意識を外へ押し返そうとしているようでした。
しかし、慌てて沈もうとすれば集中力が乱れ、意識が浮上してしまいます。そのため、慌てずにジッと沈みきるまで待つのが得策だとこれまでの経験でわかりました。
どれほどの時間が経ったのでしょうか。浮遊感のせいで時間の感覚が狂い、準備が整うまでの時間を彼は未だに知りません。ですが、体の奥底へ沈む、という行為はそれだけの価値があるとノンは信じてします。
そうして、彼はようやく体の奥底――魔力のところへと到着しました。
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