第172話 油断
「はぁ……暇ねー」
問題なく街を出て王都へ向かっている最中、アレッサはあくびを噛み殺しながらボソリと呟きます。馬車はマーシャが御者を務めており、荷台に座っているだけの彼女たちは手持無沙汰となっていました。
「そうですね。なにか暇を潰せるものを用意しておけばよかったです」
ノンもアレッサに同意しつつ、ちらりと御者台に座るマーシャの背中を一瞥します。街を出てすでに数時間。彼女は門を抜けてから何も話さず、ただひたすら前を見続けていました。
「あ、そろそろお昼よね。街で買っておいたパンでも食べましょ。マーシャ、あなたもいる?」
「……え? なんですか?」
そんな彼女に声をかけたアレッサですが、マーシャはぼーっとしていたようで驚いたように振り返ります。街を出るまでは楽しそうにしていたのに様子のおかしい彼女にノンたちは思わず首を傾げました。
「マーシャさん、どうしました?」
「あ、ううん……ちょっと現実味がなくて」
ノンの質問にマーシャは苦笑を浮かべます。護衛依頼を出して数か月ほど経ち、祖父の死や食料を駄目にしてしまったことなど心が折れることを経験しました。そのため、こうやって商人として王都へ向かうことを諦めかけていたのでしょう。
ですが、そんな彼女の前にノンとアレッサが現れた。そして、一緒に王都へ向かっている。夢を諦めようとしていた彼女にとってこの状況はあまりに都合のいい展開。そのせいでどこか夢心地なのでしょう。
「ノン君もアレッサさんも本当にありがとうございます。こうやって私が一歩前に踏み出せたのは二人のおかげです」
「もう……まだ出発したばかりよ。そういうのは王都に着いてからにしなさい」
「あはは、すみません。お昼でしたよね? パンなら御者をしながらでも食べられるのでいただいていいですか?」
「じゃあ、準備しますね」
ノンはそう言うと自分のマジックバックに手を突っ込んでいくつかのパンを取り出します。それをマーシャは微笑ましそうに見ていましたが次第にその顔を険しくしていきました。
「……ノン君」
「なんですか?」
「それ、もしかしてマジックバックですか?」
「……あ」
「はい、減点」
体の小さな彼でも背負えるほど小さいバックからいくつものパンが出てくるのを見てマーシャにばれてしまったようです。やらかした、と体を硬直させるノンをアレッサはギロリと睨んでそう呟きました。
実はアレッサが護衛依頼を受けようと提案した理由は盗賊を遠ざける以外にもありました。それはノンに普通の野営を経験させること。
ノンのマジックバックや魔物や盗賊の侵入を防ぐ白いドームは厄介ごとの種になりかねません。そのため、アレッサ以外の同行者を用意し、ばれないようにマジックバックを使ったり、夜に魔物や盗賊に襲われないように見張ったりなど冒険者なら経験するべきことを学ばせようと考えていたのです。
ですが、ノンは人に対する警戒心が低く、マーシャに対しても心を許していたため、軽率にマジックバックを使ってしまいました。もちろん、アレッサもノンの行動を見ていたので『あー、これはばれるわー』と察していましたがあえて注意せずに見届けることにしたのです。
「ノンは罰として今日の晩ご飯の用意をしなさい。もちろん、マーシャの分まで」
「はい、すみません……」
「え? ええ?」
アレッサに怒られ、シュンとするノン。そんな事情があるとは露も知らず、マーシャはマジックバックの存在が気になりながらも首を傾げるしかありませんでした。
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