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第13話 魔法

 ノンの睡眠サイクルが落ち着いてからそれなりに時間が経ちました。すでに彼はエフィの手を借りることなく、子供部屋を自由に歩き回れるほど成長し、ベビーベッドも卒業。

 発話に関してはまだ発展途上であり、簡単な意思疎通ぐらいならできるぐらいになりました。しかし、彼の聞きたいことは発話するのにそれなりに難しい単語を使用するため、四六時中一緒にいるエフィでも上手く伝えることはできないでしょう。


「ノン、これはー?」

「つくえ!」

「正解! じゃあ、これは!」

「かべ!」

「すごーい! さっすがノン!」


 子供部屋に設置されている家具を指さすエフィに続き、その名前を大声で叫ぶノン。そう、エフィはノンに話す練習をしているのです。


 ノンは聞き取りだけはほぼマスターしていたため、話せずともエフィの言葉をきちんと反応していました。それを見てエフィはノンが言葉を理解していることに気づいたのです。


「じゃあ、私はー?」

「おかーさん!」

「きゃー! うちの子は天才ー!」


 五問に一度は自分を指さすお茶目な母親に抱きしめられ、ノンは思わず破顔してしまいます。少し前まで歩くだけで泣きそうになりながら見守っていた彼女でしたが、最近は我が子とのスキンシップを心の底から楽しんでいます。心配をかけてしまった張本人としては安堵すると共に久しぶりの肉親とのふれあい。嬉しくないわけがありませんでした。


「あ、じゃあ、これはー?」


 母親から出される物の名前当てクイズは彼にとってそこまで難しくありません。そのため、今のところ、全問正解していました。


「ッ――」


 だからでしょうか。エフィはおもむろに指先からあの光の球を撃ち出します。睡眠サイクルがまだ戻っていなかった頃、ノンを興奮させないようにと球遊びをしなくなったため、見るのは久しぶりです。


「これが何かわかるかなー?」


 悪戯が成功した子供のようにニシシと笑いながら再度、ノンに問いかけるエフィ。もちろん、魔法です。そう答えたいのは山々でしたが、『魔法』はあくまでも地球の言葉。この世界でどのように呼ばれているかまでは知りません。


「あー……んー……」


 そのため、ノンの口から零れたのはそんな中途半端な音だけでした。そんな彼の様子を見てエフィはくすくすと笑います。


「ごめんね、これは――」


 そして、すぐに彼女はこの世界における『魔法』という言葉を教えてくれます。更に子供でもわかるように簡潔にこの現象について教えてくれます。


 魔法は不思議な力を体内から抽出し、色々なものに形作る。それがこの世界における魔法です。


 やはり、母親が作り出していたあの球は魔法の一部だったのです。


「まほー!」

「そうそう、魔法……ねぇ、ノン」


 何度か練習することでこの世界の『魔法』を口にすることができたノンはエフィに満面の笑みを見せます。ずっと憧れていた魔法。それをやっと知ることができたのです。


 しかし、それを見た彼女はどこか悲しげに目を伏せました。そして、これまで聞いたことないほど真剣な声で彼の名前を呼びます。


「おかーさん?」

「……実はね。ノンはすごく、すごく重い病気なの」

「びょーき」


 それはわかっていました。


 自分の命を狙う死。


 それとの激闘。


 そして、あの長い昏睡状態。


 そこから導かれるのは前世で彼を苦しめた病魔であることは明らかです。


「それでね……ノンはその病気のせいで魔法が使えないの」

「……」


 予想外、というわけではありません。もしかしたら、と何となく察していたことです。


 『ステータス』と念じただけで死にかけるとは思えない。きっと、最初から何かしらの病気だった。そう考えるのが自然です。


 しかし、魔法が使えないとはっきりと言われた瞬間、彼の心がほんの少しだけ悲鳴を上げました。


「……ごめんね」

「おかーさんのせいじゃないよ」

「……ノンは優しい子ね」


 エフィは自分のことのように心を痛めているのは痛いほど伝わってきました。それを誰が責められるでしょうか。


「おかーさん、これは?」


 すっかり落ち込んでしまったエフィにノンは自分を指さして全力の笑顔を浮かべます。その顔は自分を指さして笑っていたエフィにそっくりでした。


「ッ……ノン、ノン!!」

「へへ、せいかーい……あぷっ」


 それを見た彼女は顔を歪ませ、力いっぱいに彼を抱きしめました。いきなりのことで少し驚いてしまったノンですが、すぐに子供特有の短い腕を彼女の背中に回し、力をこめます。


 こうして、ノンはこの世界のことを少しだけ知ることができました。

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