第10話 整理
命の危機を脱したノンでしたが赤ん坊の体は体力が少なく、すぐに全快というわけにはいきませんでした。その証拠に彼が目覚める度に両親やメイドさんは最初に目覚めた時と同じような反応を見せます。
もしかしたら、新しい体は想像以上に病弱なのかもしれない。ノンはいつしかそう考えるようになっていました。数日ごとに目が覚め、少ししたらすぐに眠りについてしまうのですからそう思うのも仕方ありません。唯一の救いはあれ以降、死が彼の命を刈り取ろうとしないことでしょうか。
しかし、このまま放っておくわけにもいきません。目が覚める度に泣きそうになりながら叫ばれるのは申し訳なくなり、彼の精神にも負担がかかり始めていました。
(うーん、どうしたらいいかな……)
「ノン? ―――――」
母親の胸に抱かれ、心配しなくても僕は元気だよとアピールするために『あうあう』と声を漏らしながらノンは思考を巡らせます。
何かに魔力と思われる力を吸い取られている感覚は未だに健在。おそらく、その原因さえわかれば対策も考え付くでしょう。ですが、原因はおろか、吸われている何かの正体もはっきりとわかっていない現状、どうすることもできません。こうやって、『あうあう』と力なく声を漏らすしかないのです。
「―――――?」
そんなノンの様子を見て母親は不思議そうに首を傾げます。彼女の目元は僅かに赤く腫れており、ゆっくりと休めていないため、くっきりとクマが浮かんでいました。
(どうにか、しないとね)
これではノンが完全に回復する前に母親が倒れてしまうでしょう。そう考えながらちらりと窓の外を見ます。この部屋に時計の類はないため、どれほどの時間、起きていられたかわかりません。そこで彼が着目したのは窓の外から見える日の傾きです。もちろん、夜間の間は真っ暗なため、参考にはなりませんが昼間なら何となくどれだけ時間が経ったかわかるようになってきました。
(日に日に起きていられる時間は延びてる)
それに加え、母親たちの反応からして眠っている時間も少しずつではありますが短くなっているようです。それでも数日という時間は親として心配になるでしょう。彼女たちが安心できる日はまだまだ遠そうです。
(体力をつける? でも、吸われてるのは多分、体力じゃないよね)
前世で寝たきりだった彼にとって体力は最も気にするべき概念でした。ちょっと無理しただけでその日の夜に容体が急変するほどだったのです。
そのため、赤ん坊になった今でも自分の体力がどれほど残っているのか、正確に把握できています。この現象が起こる前はベビーベッドから動けないため、体力の残量を気にする必要はほぼありませんでしたが前世だったとしても染みついた癖はなかなか抜けません。
(でも、それ以上に気になるのは……)
確かにこの現象を放っておくのはあまりに危険です。起床時間が延び、寝ている時間が短くなっているとはいえ、数日間、眠りっぱなしなのは何かしらの病気を患っていると考えていいでしょう。
ですが、彼の中で最も警戒しているのは『忘却』でした。
ノンは転生してから目が覚める度、新しい人生を与えてくれた神に感謝の祈りを捧げています。一日も欠かしたことはありません。
しかし、この現象が起き始めてから目が覚めた直後、いつも何かを忘れている感覚を抱き、必死に頭を働かせてやっと神様の存在を思い出せる、といったことが多々ありました。
さすがにこれほど頻繁に忘れるのはおかしいと怪しんでいるノンですが、その原因も不明。彼にできることは必死に思い出して、感謝の祈りを捧げることぐらいです。
「……だー」
「―――――。――――――!」
結局、ノンにできることは何もありませんでした。ため息を吐いた彼を見て母親は落ち込んでいると察し、元気づけようとノンを落とさないように片腕で抱き、指先からポンポンと魔法の光を放ちます。
「きゃっきゃ!」
まぁ、赤ちゃんだししょうがないよね、と無理やり納得した彼は考えることを止め、無邪気にその光に手を伸ばし始めました。そして、今日も夜には力尽きたように眠りにつきます
――スキル『■■』の効果が発動しました。
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