第8話 生死
微睡む意識。目覚めは近いはずなのに体が言うことを聞いてくれません。それと同時にずぶずぶと泥の中に沈んでいくような感覚を覚えます。抵抗すればするほど苦しくなり、いっそのこと諦めてしまいたくなるほどの地獄。
彼はそれの正体をよく知っていました。そう、死、そのものです。
何度もそれと戦い、何度も諦めかけ、その度に己を叱咤して立ち上がり、何度も逃げることに成功した存在。そして、たった一度の敗北を許した相手でもあります。
(僕、死にかけてる? でも……)
まさか転生してすぐに再び死と対峙すると思わなかったノンは驚くと共に少しだけ拍子抜けしてしまいます。今までに比べたらなんてことない。そう感じてしまうほど体にかかる負担が小さかったのです。
「ッ――」
そう思っていた束の間、不意に体の一部が不自然に動かされました。それは実体がなく、これまで彼が感じたことのない何かでした。それこそ動かされたことによって今、初めてその存在を知ったほどです。そんな正体不明のそれに彼はたった一つだけ思い当たるものがありました。
(もしかして、これが……魔力?)
そう、この不思議な何かこそ彼が探していた魔法の源――魔力。本当にそうであるかは不明ですが、今の彼が持ちうる知識の中で該当するものはそれしかありませんでした。
ですが、問題はやっと見つけた魔力が何かによって動かされたこと。その動きを観察するとどうやら、魔力らしきものが次から次へと何かに吸収されているようでした。
「ぁ……」
そして、それと同時に倦怠感が酷くなりました。自身の体を捉える泥が一気に深くなったような感覚。それはまさに死が少しずつ近づいていることに他なりません。きっと、何度も生死を彷徨った彼だからこそわかる感覚なのでしょう。
(こんな、ところでッ!!)
魔力の吸収により、対峙していた死の存在が大きくなり、その力が増しました。いえ、ノンの方が一瞬で弱ってしまったのです。
命ごと引きずり込もうとする死にノンは歯を食いしばって抵抗します。
まだ転生して数日しか経っていない。
まだこの生の両親に産んでくれてありがとうと伝えていない。
まだ魔法を使っていない。
まだ転生させてくれた神様のことを知らない。
まだ、僕は前世の僕の分まで――あの事故で死んでしまった家族の分までこの人生を楽しんでいない!
ずぶずぶと沈んでいく生を渾身の力を込めて引っ張り上げます。その度に体の中にある魔力が何かに吸われ、死へと落ちていく。それはまさに死神と自分の命を賭けて綱引きをしている気分でした。
(負け、るかっ!!)
魔力を吸う何かの正体は不明です。ですが、彼を諦めさせるには何もかも足りませんでした。いえ、違います。彼が諦められない理由の方が多かったのです。だからこそ、彼はずっと生にしがみつき続けました。
――スキル『■■』の効果が発動しました。
一体、どれほどの時間、死と綱引きを続けていたのでしょうか。次第に吸われる魔力が少なく――いえ、彼の内包する魔力が少しずつ増えていき、それに比例するように体への負担が軽くなり、やっと死の泥から体を引き上げられるようになりました。
(今回も……勝てた)
そして、彼は前世でたった一度だけ負けてしまった死との戦いに再び勝利したのです。
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